それから

 ファティナ姫が無事に救出され、安堵の心で満ちていたシーザの人間たちにも、ハイランドから届く知らせは戦慄させた。悪魔の住まう都から一刻も早く帰るようにとの文が届いていたのである。まだこの国でやり残したことがありますとファティナ姫は王にきっぱりと言った。死に向かって走り去ろうとするカナーベルのことが気になるとも言っていた。


「カナーベルこの国の死神…」


 シーザはエルキナと同様女王の治める国である。あまり美しいとは言えないその女王は、小太りで、ハンサムな旦那と子供を何人も抱える家庭の幸福に満ちた幸せな女王だった。


「ファティナ姫国の父上のところに一刻も早く戻るべきです」


「しかし陛下」


「私はまだやり残したことがあるのです!この国で!迷える人々を救うのです!」


 姫の意思は固く、根負けして女王は騎士を付けると言った。聖騎士団から手頃なのを用意すると、そこからエーゼンを選んだ。


「エーゼン様あの美しい方…」


「きっと期待に添えます」


 この国の天使のような姿をした金髪の巻き毛の騎士がファティナ姫につくことになった、フェルマは大喜びでイケメンと騒いだが睨みつけられておとなしくなった。


「姫、私はエーゼン、聖騎士団の一人」


「あなたのことは知っています、空中庭園で会いましたね」


「みっともない姿をさらした」


 エーゼンはそこまで言って宮廷に参上した竜騎士団の姿を見つけていた。竜騎士団にはメリッサがいる、かつてカナーベルの婚約者だった女。


「何か?」


「いや……」


「カナーベルのこともきっと守ってみせる」


そう低い声で呟くとメリッサがカナーベルの傍に寄るのを目撃していた。

カナーベルにそばによったメリッサは元気そうねと語りかける。


「あなたの目移りを責める義理などないけれど、これ以上心の傷を広げる真似はやめてほしい」


「……そうねカナーベルさようなら……」


 もうメリッサ嬢との縁は切れた。おそらく三年前には。美貌の女騎士に熱を上げたのはもう昔のことだった。あの女が現れて宮廷をめちゃくちゃにするまでは自分もまだ期待していた。カナーベルはそれも仕方のなかったことだとなかなか踏ん切りがつかずにいた。目移りした、それだけだったのだろうか原因は。自分が人を殺すのをあまりよしと思わなかった親の心変わりだったのかもしれないとカナーベルは考えていた。もうメリッサのことは忘れる。そばにいたアシュレイが綺麗なお姉ちゃんだなー等とのんきなことを言っていた。


「ニナーフォレストあの女、クロードの婚約者なのです」


ルースがそう言ってアシュレイは飛び上がった。


「まじで!」


「だから……そうなのですいずれエルキナを治める女、誰も逆らえない」


「でもあいつ男だろ!」


「そうじゃないんです」


 そこまで言ってルースは言葉を詰まらせた、何かがあったのだ。あんな奴のことなんて知ったことかとアシュレイは言った。リトルコールティンを惑わす男装の麗人。あいつは恋敵だった。カナーベルと同じ人物を憎む者どうし、多分そんな理由もあったのかもしれない。いつかは立派な騎士になって迎えにいくから絶対にそれまで待っていてほしいと念をおしたけれど、まだ女王に覚えられているかどうかも怪しかった。遠い遠い昔のことだった、同時期に死の境をさまよっていた子供が二人いた。一人は病気で、一人は殺されて。あの日レアデスの離宮に怒りで我を忘れた民衆たちが押し寄せてきて宮廷の楽士だったアシュレイは民衆に殺されたのだ。あの日は贅沢なパーティが開かれていた。貴婦人たちが貴公子たちが踊り、豪華な食卓を囲み、楽士たちは演奏し歌をうたい、そんな狂ったような豪華絢爛な祭りが開かれていた。そこにルヴァもいた。ルヴァは駆け落ちした令嬢の忘れ形見で最近引き取られてきた子供だった。聡明な瞳の坊ちゃんで、習い事も勉強もなんでもできた。そして……死んだのだ。あの日地獄で会ったときのことをアシュレイはまだ覚えていた。リトルコールティンは覚えていなかった。一緒に逃げた日のこと。そうして息を吹き返した日のこと。忘れるものか。あれから楽譜を開いていない、アシュレイは戦う力がなかったあの日のことを悔やんでくやんでどうにかなりそうだった。だから強くなりたいと願い、村に帰ってから自警団に入り剣の稽古をする道場に通っていたのだ。リトルコールティンは覚えていなくてなぜ自分だけは覚えているのか。考えても仕方のないことだった。

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