目覚め

ファティナが目を覚まして遅れてやってきたアシュレイたちの方向を見て微笑んだ。すっかり頬に健康な様子が浮かんでいる、ファティナ姫がカナーベルの様子を見て、一瞬何か思っていた。


「元気そうだなファティナ、安心したよ」


「アシュレイ、私は元気です」


にこやかにそう返事をして、まだカナーベルの様子が気になるのか、ファティナは何度も観察していた。


「どうかした?」


「いえ……」


テーブルの上にあったお茶をすこし飲み、ファティナはベッドの上で何か物憂げにした。椅子を引っ張り出し近くに座ると、アシュレイは顔をまじまじと見つめた。ファティナの目は本当に大きい。どこまでも澄んで黒い、宇宙のかなたに吸い込まれそうな瞳だ。師匠のくらい瞳のように。そんなことを思ってアシュレイもむいてあったリンゴなどを齧っていた。


「ここには不吉な予感がいたします」


「え?」


それだけを言ってファティナはまたカップに口をつけていた。


「カナーベル様くれぐれも気を付けて」


そう言って枕をひっくり返し、手に取ったカップをつくえに置きまた横になった。


「私は大丈夫です今まで大丈夫だったのですから?」


そう言ったもののカナーベルには最近見たアンサズの呪いのような言葉が胸に広がっていた。悪魔のようなアンサズお前は地獄に行ったでしょうね、地獄の血まみれの池に浸かりきっとまた首を刈っているでしょうね……私もそこに行くでしょう、お前のあとを追うように生きてきてしまった……


そんなことを思っていると横になったファティナがカナーベル様は今を生きることだけを考えてくださいとそれだけ言って気を失うように眠ってしまった。


ルースがカナーベルの肩を叩きアシュレイたちと一緒に部屋を出ると、アシュレイは師匠と一言声をかけた。


なんです?と返事をするとアシュレイはマントを掴んだ。


「死なないでくださいよ」


「はは……」


「死ぬときはアンサズお前のところに行くのですね……私は……地中から白い手首だけが生えた真っ赤な彼岸花の咲くあの赤い空の地獄へ……」


「そのアンサズとやらの奴の言うことなんて真に受けたらいけない師匠は師匠だ。あいつとは違う人間なんだ、師匠は自分らしく生きるべきなんだ」


「アシュレイ……」


「私はいつ死んでも後悔などないのですよ……アンサズのことがなくったって生きてきしまったこのように殺人鬼として。お前を殺したってなんとも感情が動かない鉄の人形なのですよ」


「嘘だ……」


「師匠は嘘をついてる!」


アシュレイはそう言って激しく泣き出した。激しく感情をぶつけられたのは久しぶりでカナーベルは戸惑っていた。


……私は嘘をついているのですかアンサズ


生きていくことへの執着などほとんど持っていなかった、多分アンサズと出会ってからずっと。死ぬことなど怖くなかった、そう思い込んでいた。死ぬことを恐れないから今後生きていくことを恐れないでいられた、今は友達がいる。自分に死んでほしくないと泣いてくれる友達が。


「ありがとうアシュレイでもいいのですよ私のことは」


「師匠いつまでも生きて……」


その言葉はアンサズの呪いのようにカナーベルに深く突き刺さった、薔薇のとげのようにいつまでもいつまでもたくさんのこころの痛みのように。

アシュレイにも自分がなぜこんな言葉をカナーベルにぶつけてしまったのかよくわからなかった、やがて来る時を予感してしまったのかもしれなかった。

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