51

ファティナが攫われて三日が過ぎた。相手の吸血鬼からは何の連絡もなく、ファティナの消息は途絶えたままであった。カナーベルの計らいで女の子たちは全員カナーベルの屋敷に一旦集められてゲストルームを使わせていた。それからアシュレイは間もなく女の子たちの集団の中の一人は男なのを知るのであった。


「お前生えてるじゃねーか!」


風呂で一緒になった亜麻色の髪の美少女は男だったのである。


「やーね、私は体も心も男の子の女の子なのよ」


「どういうこっちゃ」


「なるほどただの変態だというわけですね」


「ま、変態だなんて本当のことを……」


涙を拭う仕草をして女の子はフェルマと名乗った。


「お兄さん素敵だから迫っちゃおうかな」


「やめてください私にはそんな趣味はありません」


「もうつれないんだからあ、そんなところも素敵!」


たしかこいつは体も心も男だと言ったばかりだ、なるほどわざとかもしれない。

そんなことを思いながらフェルマを観察してるとフェルマはカナーベルの腕を掴みながら真顔になった。


「ファティナ生きてるかしら」


「あんだけ徳の高い奴だ、俺は死んでるなんてことないと思うぜ」


「そうね、ファティナのことだもの、ミラルカはもう泣きじゃくって相手にならなくて」


「エレメンツもかたなしだなあ」


「ずっと一緒にいたのですからね、仕方のないことです」


「憂いを帯びた端正な顔立ちおまけに大金持ち、カナーベル様ってさぞかしモてるんでしょうね」


フェルマが腕を組みながら甘えた声でそう言うと、いいえと言ってそっぽを向いた。


「ああ、だめだめその人は強くて美しいとある女の人をずっと思ってるから」


「嫉妬しちゃう」


フェルマは笑ってそう言った。カナーベルはすました顔で表情ひとつ変えなかった。


「ミラルカが心配ですね、アシュレイお前行ってあげてください」


「なんもできねーよ」


「話を聞いてあげるだけでもいいのですよ」


おだやかな表情をして軽やかにフェルマの攻撃をかわし、わかったとアシュレイが言ってその場を去ると、カナーベルも自室へと向かった。


「なあミラルカ、まだ泣いてんのか」


ドアをノックしてアシュレイが話しかけると泣きはらした目でミラルカがそっと扉を開けた。


「だってどうしていいかわからなくて……」


部屋に招い入れ、ティーポットに茶葉を入れてジャンピングする様子を観察しながらここの紅茶美味しいねとだけ言ってまた涙を拭っていた。


「ファティナに出会うまでは私ハイランドなんてろくでもないところだと思ってたから」


はいとミラルカがティーカップのソーサーを渡し、くんくん匂いを嗅いでへえクイーンメリーかと一言いうと、正解と言ってやっと笑顔を見せた。


「紅茶に詳しいねアシュレイ」


「いやここのメイドが毎朝ついでくるんだもんよ、少し見分けがつくようになった」


「ファティナも紅茶に詳しかったよ」


そう言って寂しげにするとアシュレイがルースが絶対に情報を掴んで持って帰ってくるから心配するなと言って励ました。


紅茶の銀のティースプーンにミラルカの顔が映った。もう泣いてはいなかった。


「生きている……」


そう自分に言い聞かせるように紅茶のカップにグラニュー糖を入れてそれを飲み干すミラルカだった。


「カナーベル様っていい方ね、私たちのこと思いやってゲストルームを開放してくださるなんて」


「師匠は少し変わったな」


最初会った頃は、凍てついた表情をした闇の騎士だったカナーベルだ。人の心がどんどん芽生えているように変わっていた。暗い表情しかしていなかったのによく笑うようになった。ずっと一緒にいるからわかる、何らかの心境の変化があったのだった。

リトルコールティンと初めて出会った時も、リトルはこの世の地獄を悲観した少女だった、生い立ちを聞いて納得したものの、あいつも随分と変わったものである。


「人って変われるんだよな」


急にアシュレイがそんなことを言ったのでミラルカはソーサーを右手に持ちながらそうねと同意しておいた。


「俺も変わってやる、カートン村なんかの勇者じゃない、もっと大きな名誉を受けてそうしたら……」


「アシュレイはヴィンランドスレイ杯で優勝したじゃない、月桂冠まで受けて十分だと思う」


「まだだ、まだなんだ、俺は絶対に世界に名だたる英雄になってやる、そのためならなんだってする」


拳を握り締めそう固く誓ったアシュレイである。ファティナも必ず救い出して見せる。いつかリトルコールティンを迎えにいくために。



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