50
命日が二日がかりで終わり、屋敷はまた静けさを取り戻していた。カナーベルはかつて自分を愛してくれた母の植林した木の元へと来ていて、眺めているのであった。
今日はファティナ姫の歓迎会だ、夕方から始まる。アシュレイはスーツに着替えさせられてルースもカナーベルも礼服である。
「さて王都に行かなければ」
「まあ一段と美しい紳士様ですこと」
二人のすがたは優美であった。
「飾っておきたいほどですわ」
奥女中が二人を褒めると照れた様子でルースはもじもじした。
「ほうお前年上が好きなのですか」
「どちらかと言えば……ていうか違いますよ!」
烈火の如く怒り出し、カナーベルがおどけた様子で笑っているとスーツ姿のアシュレイが現れ思わず笑いだした。
「まあ可愛い」
「可愛いいうな!!」
「よくお似合いですわアシュレイ様」
「え?そう?」
「私の子供のころのやつですね」
「懐かしいですわ」
奥女中がネクタイを締めなおし、ぱっぱと埃を払う、顔をアルコールで拭いているとなんかあんた母ちゃんみたいだなと言われ、急にむすっとした。
「今日も赤いドレスがとてもお似合いで」
ルースがそう言うとまっと言って奥女中は表情を変えなかった。
庭に馬車の用意がしてある様子である、
「では行ってまいります」
「まるで出陣するかのような言い草ですのね」
コロコロとよく笑い、奥女中は三人を見送った。馬車の中は狭くて軋む、居心地が悪くて何度も座り直したアシュレイである、王都まで3時間くらいと聞いてうへえと言ってめげそうになった。カナーベルはずっと読書をしている。
「師匠は何を読んでるっすか」
「最近流行の騎士道物語です、面白いですよ」
「ああ、それ私はもう読みました、途中で出てくるガーゴイルが……」
「お前ネタバレすると殺しますよ」
「す、すいません」
おお怖いといってルースも読書を始めた、手持無沙汰なアシュレイは自分も何か暇つぶしの道具でも持ち込むんだったと後悔した。豪華絢爛なシーザの王宮への入り口がぎいいと開いて、庭が始まる、庭が始まってさらに離宮がひとつふたつと見える、急な勾配の坂の上にある城にたどり着くまで随分と時間がかかった。馬車を引いていた若者がお疲れ様ですと一言言って扉を開けると神々しいシーザの王宮がたたずんでいる。質素なエルキナの王宮とはえらい違いだ、この国は豊かなのだなとなんとなくアシュレイはそう思った。
「どうぞこちらへ」
スーツを着た案内人に案内されホールまでたどり着くと硝子でできた豪華なシャンデリア、壁に埋め込まれた金銀どれをとっても素晴らしいものばかりだった。エントランスにあった花々は温室でしか育たない難しいやつだ。給仕がどうぞとシャンパンを渡すとアシュレイはそれをぐびぐび飲んだ。きらきらのシャンパングラスも高そうなやつである。それからファルス隊長に出会った。「おや君らも来てたの」
「呼ばれましてね、アシュレイも呼ばれたのですよ」
「おや君七五三みたいだね」
「七五三いうな!」
「し、七五三……」
ツボに入ったらしいルースが笑い転げている。よろめいているとはっとした様子で急に正気を取り戻したらしいルースである。
「父上……」
「おやお前もいたのか、たまには城に帰りなさい」
白髪の老人が取り巻きを連れて去っていく。
「あれが大銀行家、シェンヌ家の大物です」
酔っぱらいながらカナーベルが教えてくれた。それからファティナ姫の登場である。
しかしファティナ姫は現れなかった。集まった観衆がざわめき始めると、城にあった鏡に吸血鬼のすがたが急に現れ、ファティナ姫の命は預かったと古代文字で浮かび上がった。「なにが書いてあるんだ!」
「ファティナ姫は捕らわれの身なのですね」
「ファティナ……!」
突然現れたミラルカがアシュレイの袖を引っ張り泣きじゃくっている。
「アシュレイ助けて……」
「急に魔物が現れてファティナをさらって飛んで行っちまった」
「私どうすればいいの」
亜麻色の髪の少女が泣きじゃくっている。
「大変なことになってしまった、召集!」
王が騎士たちを呼びつけると、命がけでファティナ姫の身柄を確保するようにとの命令がくだった、フェリクスもエーゼンもいる。アシュレイもいた。
「ファティナ姫が殺されたら大変なことです、シーザの命運がかかっていると言っても過言ではない」
多少酔っぱらってふらつきながらもアシュレイもルースも一緒に馬車に乗り込んだ。ファティナ……!どうか無事でいてくれ!と願いながら。
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