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普段布で覆ってある奥様の肖像画が今日は屋敷の中央に飾られていた。昔を知っている使用人たちは目をハンカチで覆っていたが、何の記憶もないカナーベルは感傷的になることもなく平然と肖像画をみあげいてた。
「お母さまがいらっしゃらなくて寂しくはありませんか」
ルースがそう聞くと物心ついた頃からいなかったので知らない人に何も思うことはありませんときっぱりそういって、自分と似た顔の女性を見上げていた。
「母が生きていれば少しは変わったでしょうか」
そうアシュレイに尋ねるとかあちゃんなんていたってうるさいだけっすよとアシュレイが言うので笑ってまた何か思うように肖像画を見上げいた。
「似てるんですね」
「そうですね……」
「男の子は母親に似ると言いますからね、私も母に似ています」
「どんだけ美人なんだ」
そんなことを思いながら地下室へと使用人たちと一緒に足を運んだ。
棺の中で眠るこの屋敷の奥様の墓参りだ。全員でお祈りをし、それから広間まで戻ってきた。広間にはテーブルにテーブルクロスがひかれ、ちょっとしたご馳走が用意されていた。使用人たちも用意されたチキンなどをほおばると、アシュレイもすかさず手が伸びてサンドイッチやチキンなどを掴んでいた。
「奥様が生きていらしたらどんなによかったか……」
そう言って奥女中は目を覆うのであった。
「私は気になりませんよ、同情されることもありますが少しも寂しくないのですよ。本当です……」
「カナーベル様強がりを……」
そういって鼻をかむ奥女中であった。この屋敷の使用人たちにとってこの館の奥方様というのは大きな存在だったようである。ちっとも寂しくないと言ったカナーベルであったが、すすり泣く人々の中で悲しみが移って心に何かぽっかりとした空洞が空いたような気分にさせられていた。悲しくないはずなのに。
「アシュレイ、母親というものは本当にうるさいだけですか?」
「他の家の母親はどうかしらないけどうちはそうだ」
「母親の愛情は海より深いものですよカナーベル様」
「では母の愛を知らない私は愛を知らないのですね」
「師匠はメリッサをずっと思ってる」
そう言うとカナーベルの表情は一変した。思わずルースが蹴りを入れるとなにすんだよ!と言って蹴り返した。すかさずやってきた奥女中から注意されるとしょぼんとした様子で二人はまた食べ物にきょうみが向いていた。カナーベルはシェフからローストビーフを切ってもらいそれをすこし胃に入れてあとは胃薬を飲んでいた。
「父は帰っていないのですか?」
「将軍はお忙しいので」
「そうですか……」
寂しげな様子をカナーベルが見せると我々がいますよと使用人たちが言った。庭師がカナーベルに話しかけた。
「庭で奥様の愛した庭園の薔薇が咲き誇っています、是非に」
「わかりました、行ってみましょう」
後ろからアシュレイとルースもついていった。庭師がいつもの仕事ぶりを披露するとため息をついてそのあでやかな庭園を眺めるのであった。
「これは奥様がカナーベル様が生まれた年に植えられた果物の木です、そろそろ収穫ができます」
「そうなのですか、どのような果実が生るのですか」
「さあ私が来る前の話だったので何が生るのかは知りませんが、きっとそれはそれは甘い果物が収穫できるはずですよ」
「檸檬でしたら紅茶に入れましょう」
すっかり笑って感慨深くその大きな木を見つめていたカナーベルである。母親の愛情とやらをすこし感じることができたのであった。
薔薇の一輪一輪は本当に見事であった。今とばかりに咲き誇り、その艶やかな姿で見る人の目を楽しませてくれる。いつもありがとうと庭師にカナーベルが言うとありがとうございますと庭師のおじさんは笑顔になった。普段庭園などには来ないカナーベルである、今度から来てみようと思ったところであった。
「ところでハイランドってシーザの政敵なんだろ?」
「もちろんそうです、しかし個人的には関係ない話……しかし確かにハイランドなど身震いがするほど」
「ハイランドの締め付けで滅んだようなものですアデッソは表ざたにはエルキナが滅ぼしたことになってますがね。エルキナもこのシーザもわからない」
日が暮れる。薔薇から一滴の露がしたたり落ち、水に夕焼けの赤い空が映っていた。
そんな巨大な敵であるハイランドの皇女。アシュレイはぞっとしていた。
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