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少女たちが鎮魂歌を歌い、ファティナが錫杖を掲げるとその場の空気は一変し凍えるような静けさが村の空気を包んでいた。彷徨っていた魂たちがその場から帰る場所へと行ってしまう、指輪を受け取ったらしき奥さんが、しずしずと泣いていた。


「ありがとうございます」


村の長老が奥から出てきてファティナに礼を言うとこれも仕事ですからと言ってにっこりと微笑んだ。


「ねえアシュレイ」


ミラルカが歌い終わった後アシュレイのほうへと近寄っていて話しかけてきた。


「この国で騎士になるの?」


少し考えてアシュレイは腕を組んだ。


「そうなればいいなと思ってるけどさ、みんな強すぎるんだもんよ」


正直エルキナを出るまでは、カートン村を出るまでは結構腕に自信があったアシュレイなのであるが、カナーベルと出会い、ルースと出会い、フェリクスと出会い、カナーベルを教えたという先生にも出会ったアシュレイである。少し自信をなくしていた。


「リトルコールティンはきっとずっと待ってるよ」


リトルコールティンにした約束のことに言及したミラルカである、それ以上は何も言わなかった。それから任務を終えたファティナが顔を赤らめて近寄ってきていて、

しばし静かに時が経ち、すっかり立派になったのですね等ともじもじした様子でファティナは言った。最近逞しくなったとよく言われるよ返すと微笑んだ。

ハイランドからきたこの聖女は本当に伝説になるほどかわいらしくて驕りもせず、本当に聖人という名が相応しいとアシュレイは思っていた。

黒檀の髪の毛が揺れている、風がすこし吹いてきた。


「シーザにはあまり宗教施設はありませんがこの国の民は魔物に苦しめられています、アシュレイあなたも力になってあげてくださいね」


「もちろんだ!」


「さすがカートン村の勇者様ですわ」


ファティナはゆっくりと口元を手で覆った、育ちのよさをうかがわせる。


「あんたこそ大変だな、祖国に居れば蝶よ花よと可愛がられるだけなんだろう?」


「そんなことありませんわ、ずっと聖書のお勉強に聖なる力のお勉強、それから沢山の習い事をさせられてくたくたですの、今のほうが自由ですわ、何より人のためになりますの、それが喜びですわ」


ファティナはすこし俯きかげんで錫杖を背中にしょいこんだ。貴族とはいってもいろいろあるんだなとアシュレイは少しは知ってはいたが、お前も頑張れよとだけ言ってその場を後にした。自分はいてくれといってマントを掴んだのにさっさと帰ったなんて信じられない。どいつもこいつも問題を抱えて生きているだな等と思いながら帰路につくアシュレイである。

外でルースが待っていた。


「アシュレイのお姫様は元気そうでしたか」


「まあな」


「あの方は本当に素晴らしい」


ルースはそれだけ言って無言で馬を走らせる。邸宅までそんなに時間はかからなかった。アシュレイを膝から下ろし、馬を馬小屋までつなぎに行ったルースが去って奥から奥女中が現れ、まあ遅いお帰りでしたのねと言ってタオルを渡した。

タオルからはおひさまの香りがする、たしかカナーベルも前に自分のことをおひさまの香りがするとほめてくれた。


「カナーベル様は?」


馬をつなぎに行って戻ってきたルースが尋ねると、訓練場にいますわとそれだけ言って奥へ引っ込んでしまった。


「師匠、今日メリッサに会ったんだ」


「竜騎士団が飛んでいたのですね、何かあったのでしょうか」


それから少し考えていた様子のルースは訓練場で何かを吹っ切るように剣を振るっているカナーベルを見ていた。相変わらずの見事な太刀筋だ。


「お見事ですカナーベル様」


そう言ってルースが近寄るとカナーベルはああ、おまえ居たのですかと言って、汗を手で拭った。


「そういえば陛下の臣下がやってきてファティナ姫の歓迎会をやるので是非来てほしいとのことでした」


「ああ、やっぱり。本来国賓級の方ですものね」


「あいつ、ちっとも威張らないのに凄いんだな」


「ええ、とてもすごいお方ですよ」


「アシュレイ、お前も来て下さいとのことでした」


「俺が?」


「よかったですね」


ルースが微笑んでアシュレイは持っていたタオルを投げるとスキップしながら自室へと急ぐのであった。ふかふかのお布団の上に寝転がり、読みつぶしたリトルコールティンからの手紙をまた読み、それから難しい本を読んで眠くなり寝ていると、アシュレイは夢を見ていた。沢山の貴族に囲まれ喝采を浴びていた自分。でも自分の姿を鏡に映した。そこで目が覚めた。柱時計に目を配るともう7時を過ぎている、風呂に入る間もなく夕食だ。食卓にはルースもカナーベルもいて、カナーベルは随分遅かったですねと言ってパンを口にしている。ルースは冷製スープを掬っていた。寝てたと一言い、アシュレイは目の前のご馳走に食らいつく。


「あれ今日は肉は?」


「今日は母の命日なのです」


カナーベルが少しも悲しげにせずそう言うとあっと言ってアシュレイは静かになった。

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