46

死体の群れを前にしたカナーベルは微動だにしなかった。泣き出したフェリクスをアシュレイが慰めている。


「女子供もいますね」


「弱者から狙われる、暴漢というものはそういうものだよ」


死体の群の前に平然と立っているカナーベルである。エーゼンはとっくに逃げ出し姿が見えなかった。


「アンサズお前ならどう言ったでしょうね……」


「カナーベル、あの殺人鬼のことは忘れないとだめですよ」


ファルス隊長が注意を向けると聞いていない様子のカナーベルは死体を触っていた。


「何をしている」


「いや生きている人間がいないか探しているんです」


しかし生きている人間はいないようであった。


「無念ですねアンサズ……」


そう誰にも聞こえないようにつぶやいたカナーベルであった。


腐乱した死体や腕だけになった死体が山のように積んである。カナーベルは指にはめられた指輪を発見していた。


「薬指……既婚者だったのですね」


そっと指輪をはずし、それを眺めている。


「フローライトか……」


「さあ引き上げましょう、生存者はいないようです」


隊長がそう言って指輪を眺めているカナーベルに注意を向ける。カナーベルは指輪を返しますと言ってポケットにしまった。


「お前よく平気だな」


帰り道にエーゼンが聞いた。


「私の心は多分もう死んでいるのですよエーゼン」


「アンサズのことばかり思い出しているからだ、過去を振り返るな人生は長いのだ、

明日のことを考えろ」


「そうですね」


とりあえず同意していたカナーベルであったが悔い改める気はまるでない。屋敷に凱旋し、奥女中がやってきてご無事でなによりですと労った。


「今日はご飯が食べられそうです」


「まあ、それは何より」


死体の群れに遭遇したアシュレイとルースはその臭いとグロテスクな状況を思い出し、逆に胃を悪くして吐いていた。


「すぐに胃薬を持ってこさせますわ」


「い、いえ結構です、吐いたらすっきりしましたので」


「でも……」


そのようなやり取りを繰り返していたが、風呂にでも入れば胃が下がるでしょうと言ってカナーベルはルースとアシュレイの背中をさすった。


「私カナーベル様の心から感情が消えている気はしません」


風呂上りのルースが髪を乾かしながらアシュレイに話しかける。


「おそらくアンサズとの思いでが原因で少しおかしくなってるだけだと思うんです」


「アンサズって殺人鬼とかいうあいつ?」


「ええ、今から12年前ほどになりますか、アンサズという名の殺人鬼がいましてね、そいつと戦った時にカナーベル様は捕らえられて随分親しくしていたらしいのです」


「さ、殺人鬼と親しく……くるってんな」


「そうなのです、ですからおそらくそれが原因ですよね」


それだけ言ってルースがキッチンに向かうと、カナーベルは珍しく胃に沢山の食糧を流し込んでいた。食欲がない二人がその様子を不思議そうに見つめているとなんですか?と聞いてまたパンを口に入れていた。


「よく食べられるなあ」


アシュレイが呆れてハーブを飲んでいる。


「いつもと逆ですね」


そう言ってカナーベルは笑みを浮かべて並べられた肉や魚デザートを口にしている。

木苺の添えられたパンナコッタを人さじ掬って美味しいと言った。

幸せな夢を見ていたカナーベルの体調は絶好調なのである。

それに比べて昼間の流血を見ていた二人は食欲がわかなかった。

ルースはどうにか白ワインを口にして、アシュレイは頼んでおかゆにしてもらった。

胃に優しいハーブを飲んでも胃が悪い。給仕が胃薬を持ってきて飲ませると、少しすっきりしたと言って腹をさすっていた。アシュレイはやっぱり師匠は普通じゃないと感じていた、カナーベルはおもむろに指輪を取り出し眺めている。


「なんですかそれ?」


「死体の指にはめられていたフローライトです、結婚相手に返そうと思いましてね」


腐乱した死体を思い出したルースはすぐさま退席した。アシュレイは胃薬をちびちび飲みながら、その異常な師匠の行動をただ観察しているのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る