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アシュレイが朝飛び起きて柱時計の時刻を確認するともう10時を過ぎていた、昨日夜遅くまで辞書を片手に手紙を読んでいたものだから遅くなったのだ。ダブルベッドの上から飛び起きて、歯を磨き、顔を洗うとすぐさまノックもせずにメイドさんがやってきて部屋の掃除とベッドメイクにやってくる。それから朝食を運んでくる。ベッドの上を颯爽と片付けて、あまり散らかっていない部屋のごみを集めてベッドをメイクしテーブルの上に朝食を置いてそそくさと去っていく。アシュレイはあまり部屋を汚さず綺麗に使うので、怒られるようなことはなかったが、メイドはいつもなんだか怖い。今日の朝食は固いパンとスープとオムレツたったこれだけである。しけてんなあなどと言って文句を言いながらパンをかじりつつベランダに出ると女の子たちの群れが屋敷に向かってくるのが見えた、庭園の花を観察している。


「もう来たのかよ!」


慌てて着替えて玄関のほうへと移動すると懐かしいファティナ達のすがたがあった。


「アシュレイ!」


頬を赤くしてぎゅっと手を握るファティナである。うわっと言って慌てて手を離すアシュレイである。


「つれないんだからあ」


亜麻色の髪をした少女が甘えた声で笑っている。


「そいつ、あんたがこっちに来てるって噂を聞いて飛んできたんだぜ」


ボーイッシュな女の子が短い髪の毛をいじりながら、部屋の装飾を眺めている。


「カナーベル様の弟子になったのですね、ずいぶん会わない間に雰囲気が変わられましたね」


「そうなの?俺にはあんまり変わってないように見えるけど……」


あいつは迷っている、このままじゃ死ぬかもしれないと言った先生の言葉を何気なく思い出していた。



「まあ座りなよ、俺んちじゃないけど」


「いいえすぐおいとましますのでここで結構ですわ、吸血鬼に襲われた村の跡地に向かって除霊をしなければなりませんから」


「除霊?シスターはそんなことまでするのか」


「ええ、それが主な仕事ですから」


赤くなった頬をハンカチで押さえながら、ファティナは続ける。


「どうです館の居心地は?」


「ベッドが広すぎて落ち着かねーや」


「貴族様のおうちですものね」


そういってコロコロと笑うシスターの目は零れ落ちそうなほど大きな潤んだ目をしていて、落ち着いた雰囲気をしていた。まだ年端もいかない少女だとはとても思えない。


「そういえばアシュレイ、楽器はまだやりますの?剣ばかりやっていたらおざなりになってしまうのでは」


ぎくりとしたアシュレイである。あまり触れてほしくない。


「私カートン村であなたの演奏を聴いて惚れ惚れとしましたのよ、宮廷にもあれほどの腕前の楽士はいませんわ」


「もう、音楽はやめたんだ」


「まあ!なんてこと!私にもあなたほどの才能があればと妬むほどですのに」


「とにかく俺は騎士になるんだ!」


「まあ……なんてこと……また演奏を聴いてみたかったのに」


「騎士なら音楽もやるんじゃねーの。基礎ができててこれから騎士になるんだったら役に立つんじゃね?」


「え?そうなの?」


「アシュレイ、立派になって。あなたならきっと立派な騎士様になれますわ」


「俺もそう思ってたんだけど強すぎらあ」


「まだ若いのですものこれからいくらでも強くなれますわ」


「ファティナそろそろ時間だぜ」


「ええ、では行きましょうか」


「またね!アシュレイ!」


女の子たちの群れが慌ただしく去っていく、そうかファティナはカートン村に立ち寄ったから自分が弾いてたのを聞いてたのか。でも詳細はよく知らないようで助かったと思ったアシュレイである。後ろから話を聞いていたカナーベルがタバコをふかしながらやってくる。


「ほお、お前楽士だったのですね」


「ウ……」


「なぜ隠すのかよくわかりませんが?うちにも楽器が沢山あるので一曲弾いてもらえたらと思うのですけど」


「お、俺はもう音楽はやらない!」


不思議そうな顔をしてアシュレイを見下ろすカナーベルは意外な弟子の過去を興味深く思っていた。


そうだ二度と楽器はやらないんだそう決めたんだ。


そう言っても発作的に口からアリアがこぼれるアシュレイである、楽士だったことは隠せないでいた。そうだやらないと決めたんだ、あの時からずっと……


アシュレイは懐かしく思い出していた豪華な宮殿で喝采を浴びていたあの頃のことを。神童と呼ばれ毎日夜会に出て着飾ってヴァイオリンやチェロといった弦楽器のストリングスに囲まれ、舞台でアリアを歌ったり、リュートの演奏をした日々のことを。でももう終わった、あの日を境に。


その時出会ったリトルコールティンはもう自分のことを覚えてはいない。そのことを思い出すと焦燥感に包まれ、じたばたとしながらベッドに横たわるアシュレイである、寝たらまた代わり映えのしない明日がやってくる、しばらく寝ていたアシュレイはディナーに呼ばれ、ご馳走をたらふく食べていた。過去にあった悲しい話を忘れるかのように。



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