39
カナーベルに連れられて、アシュレイが王都に向かったのはそれから暫く経ってからだった、辻馬車が結構揺れて腰が痛くなった。馬に乗っている時もが尻が痛かった。王都で王様からカナーベルに何を言われるのかよくわからなかったが、アシュレイはカナーベルの先生の面会に赴いていた。白目の多い看守の目がギロギロとして少し怖かったが、面会の許可はすぐに下りた、どんな人物なのか、かなり気になるアシュレイだった。やつれた様子の痩せて歯が溶けてなくなっている一見普通の叔父さんのようである、しかしやはり何か感じるものがある、鋭い眼光はカナーベルと似たものを感じるのであった。鉄格子の向こうからゆっくり近づいてきて、アシュレイの様子をちらと見て、おじさんは歯のない口元を緩ませ笑った。
「おや珍しい訪問客だ、子供の面会とは珍しい」
「俺は子供じゃない!カートン村の勇者アシュレイカルティエだ!」
「はあ、かーとん村?どこの地方だねそれは」
「エルキナのクレリアフォルセリアの付近のこじんまりとした村だ!田舎なのは否定できねえ」
そこまで聞いてケラケラ笑い出した叔父さんである。
「お前剣士だな手でわかる」
鋭いのは眼光だけではない。
「カナーベルの弟子だ!是非あんたに会うように言われてやってきた」
「はあ?あいつの弟子?あいつは先生にはならんだろ」
「も……もちろん俺が勝手についてきただけだけど……」
そこまで言ってアシュレイは沈黙した。
「カナーベルの弟子は今すぐやめたほうがいい、もっと適任はいる、あいつはだめだ、弟子入りするならもっと……」
「でも俺はあんな強い奴にはもう出会えないと思ってるんだ!」
「カナーベルは確かに強いが……少し昔話を聞かせよう、昔シーザで内乱が起きた時にその指導者だったアンサズという男がいる、奴は今でいうところのサイコパスで、悪い奴には悪い奴の美学があって弱者の命は決して狙わなかった、捕らえられたカナーベルはあいつの影響を強く受けてしばらく過ごした、まっとうに剣を教えたのはわしだが、カナーベルの美学はあいつによるところが大きい、アンサズは結局捕らえられて拷問されて殺されたが、あいつが簡単に人を殺すのはそのせいなのだよ、カナーベルはアンサズの亡霊にとりつかれている、だからだめなのだ」
「アンサズ……じゃあ師匠ははなから善悪がわからないわけじゃない……」
「そういうことだな、剣を教えてもらうんだったらちゃんとしたところに通ってだなわしが自由になれば教えてやってもいいが何分こんな身分ではどうしようもない」
そういって鎖に繋がれた足元を見せた。
暫く経ってカナーベルが姿を見せ、アシュレイの隣に座り、鉄格子の向こうにいる懐かしい人に会って頬を赤らめていた。
「先生、お久しぶりです」
「カナーベル、元気そうで何よりだよ、あれからどれくらい経つのか……」
「牢獄の居心地はいかがです」
「うん、まあ最悪とまではいかないとしても愉快なものではないね、早くここから出たいものだが本当なら栄誉をもらって勲章をもらってもいいくらいなのに理不尽なことだよまったく」
そうおどけるように言って笑って見せる先生である。
「先生ほどの実力のある方がこんなところで暇を持て余しているのは納得がいきません」
「わしは危険すぎた、仕方のないことだね」
おどけてみせていた表情を一変させ、先生はカナーベルの様子を鋭い眼光で見つめていた、時間だと看守が呼ぶ。カナーベルは即座に退室したが先生はアシュレイを呼び止めた。
「あいつ、何かあったか、迷いを感じる目をしているこのままじゃ死ぬぞ」
「迷いを感じる……?」
「いざとなったらあんたさんが守ってやってくれ、頼んだよ」
それだけ言って先生はまた牢獄の向こうへと移動していった、師匠が迷っているどうして?不思議に思いながらカナーベルのあとをついていくアシュレイである、師匠が負けるようなことがあるはずがないとその時は気にも留めなかった。
実際カナーベルの精神状態は少し揺らいでいた。そこを先生に指摘されたのである。
ドラゴニアが放った罪もない人間を殺しているのは自分と変わらないと言った言葉があとを引いているのを感じていた、もっと高尚な気持ちで殺人を繰り返していたカナーベルである、自分の中の倫理が揺れ動いていた。先生以外の誰もが気づかなかった、やがて竜騎士団との合流が始まる、より一層カナーベルは心乱されていた。
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