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聖騎士団が去って一気に静かになったカナーベルの屋敷である。でもルースだけは家に帰らず屋敷に残り、訓練を続けていた。もしや帰りたくない事情でもあるのかと、少し興味を抱いたアシュレイは何気なく聞いてみた。


「うちには異母の兄弟が沢山いて、出来ることなら帰りたくないのです、たくさんのお母さまの確執にも巻き込まれたくありませんしね」


普段の元気なルースからは考えられない複雑な家庭環境をしていると思い、アシュレイは驚いて持っていたグラスから水をこぼした。藁人形相手に攻撃を繰り返しながらルースは繰り返した。


「うちは銀行家で投資をして資産を増やし、貴族になったのはつい最近なのです、つまり爵位を金で買ったようなもの、代々貴族のカナーベル様の足元にも及びません、

アシュレイ様、あなたのおうちはどんな感じです?」


「俺んとこは母さんが村の教師、親父はクレリアフォルセリアで音楽教師をしているお堅い家だよ」


「信じられない」


剣を振りながらルースは意外だと言ってさらに斬りこみを入れた。


「あ、でも俺はあんまり家にいたってことないから」


「遊びまわっていたということですね」


本当はそうではないのだがそういうことにしておきたいアシュレイである。


「あ、そういえばアシュレイ様はたしかずっと宮仕えでしたね、それで家にいなかったのですね」


「そうなんだ」


具体的に何をしていたのか聞いてほしくないアシュレイである、ルースは勘が悪くて変なことにはあまり気づかない、ニナーフォレストは一瞬で見抜いたしどうやらカナーベルもうすうす気が付いてる様子である。


「エルキナの竜騎士団と暫らく合流することになりそうです、見知った人がいるのではないですか?」


「はあ?またあいつと戦うのかよ!」


エルキナの竜騎士団にはニナーフォレストがいる、またあいつと戦うのは胸やけがしそうであった。でももらった剣は大事に使っているアシュレイである、少し刃こぼれして現在研ぎに出していた。


「カナーベル様あの方とひと悶着あったから心配ですよね」


ルースの言うあの方とはニナーフォレストのことである、聞いた話どうやら婚約者を奪ったらしい。女好きなあいつのことだ、いつもの癖で歯の浮くようなセリフを吐いて惑わしたに違いないのだ。


「あいつ病気だから……」


「ところでなぜあの方、深窓の令嬢からそんな事態に?」


「もともと頭おかしいんだろ」


カナーベルから何かがあったとは聞いてるアシュレイである、でも具体的に何があってそうなったのかはよくわからなかった。あいつは単に女好きで軟派者だからすぐにそんな行動に出ると思っていたアシュレイだから、理由がなにかあったことにはすぐには理解できなかった。


「そっか竜騎士団の力を借りて吸血鬼に挑むわけなんだな」


「手練れがいっぱいいますからね、アデッソの治安のほうは今のところ落ち着いているようですよ」


「アデッソか……」


遅れてカナーベルがやってきて、軽装でヴィンランドスレイを腰にぶら下げて現れた

カナーベルはほつれた毛が色っぽく、より一層艶っぽかった。そのうえ暗い影を落とすカナーベルはよくモてるに違いない、でもニナーフォレストと違い、一途な面のあるカナーベルはずっと女っけがない感じである。訓練を始めたカナーベルに習ってアシュレイも予備の剣で訓練を始めた。ずっと素振りの繰り返しだが、3人でやるとなかなか楽しい。


「そうだアシュレイ、以前お前に会わせたい人がいるって言ったと思うんですけど王都に召喚されましてね、どうやら会うことができそうです」


「もしかしてその人が師匠の先生っすか!」


「もしかしなくてもそうです、でもあの方はまっとうな方ではありません、牢獄に繋がれているのです」


「えっ犯罪者ってことっすか」


「厳密にいえばあの方は何も犯罪をおこしていません、戦争で少し暴れすぎて危険だと見なされずっと牢獄暮らしなのです、私と出会った時は普通の剣士でした、ただし天才のね」


「天才!」


最近まで自分もそうだと思っていたアシュレイである、でも現実に打ちのめされて流石に自分を天才だとはもう思っていなかった。シーザの天才剣士がどのような物か、カナーベルを教えたというその人のことが本当に気になった。


「ところで王都に呼ばれたってなんでですかカナーベル様」


「陛下から何か伝えることがあるとかないとか文をもらいましてね、多分大した用事ではないと思いますが、何かあるのかもしれませんね」


夕暮れが迫り、鳥が巣に帰っていく様子が見えるこの広大なシーザである、シーザの風景はエルキナと違い森林があまりなく、土の状態も乾いていて、からっとした天候が多い。今日の夕暮れはとにかく美しかった、いつも冬の状態のエルキナの夕暮れも綺麗だったが、シーザの赤い空もなかなかのものだとアシュレイは思っていた。

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