37

アシュレイが起きた時、既に準備を整えた聖騎士団達が遅いと文句を言った。エーゼンは相変わらずそっぽを向いている。寝ぐせを整えながら参上したアシュレイを見て、フェリクスが笑いながら肩を叩いた。隊長が装備を見て不安げにした。


「君、そんな装備で大丈夫なの」


アシュレイが身に着けている装備品は皮の胸当てだけだ、聖騎士団さえ重装備をしている中で浮いていた。


「俺は身軽さが売りなのでこれでいいっす!」


「とはいってもねえ……」


「阿呆が、とっとと死ぬだけだ」


「誰だよ今アホだの言ったやつ!」


全員フルフェイスのマスクをしているため誰が言ったのかは明確ではない。


「まあまあ仲間割れする場合ではないよ、君にはこれを渡しておこうね」


そう言って隊長がアシュレイに金の十字架と銀の剣を渡してくれた。


「昨日も言ったように吸血鬼には銀の剣しか効果がないから。これで頼んだよ」


そう言って剣をまじまじと見つめ、よし!と言って剣を懐にしまうと、フルフェイスのため誰だかわからなくなっているがフェリクスだと思われる人物が近寄ってきた。


「君は見学したほうがいいかもね、次の相手、やばいよ」


「誰が見学なんてするもんか」


そう言ったアシュレイを見てフェリクスが笑い転げた。


「君は死なないように注意するのが精いっぱいかもしれないよ」


それだけ言って引き下がったフェリクスである、この異様な雰囲気を感じ取っていたアシュレイも、次の敵はどうやらかなりやばいらしいことにはうすうす気づいていた。今までは師匠が強すぎたせいで雑魚っていただけのエネミーである。

それでもアシュレイは恐怖におののくようなことはなかった。


聖騎士団の連中が軍馬に乗り込み馬に乗れないアシュレイはルースの前にちょこんと座って出陣する、本当に今度こそすごく強い奴に遭遇する。そう考えただけでもアシュレイの心は期待に満ちていた。隣で馬を走らせていたカナーベルは、アシュレイのキラキラした瞳を見て笑っていたようだった。


「あのルース兄さん、どこまで行くっすか」


「もうじき着きます、意外に近いところに巣くっているのです」


「軽装のあなたは自分の命を守ることに全力を尽くしてください」


フェリクスも似たようなことを言っていた、でもアシュレイは自分の身を守るつもりなど毛頭なかった。王に片膝をついて褒美をもらうために努力してきたアシュレイである、当然といえば当然であった。


紫色の雲が覆いつくしているその村の周辺に来た時に、アシュレイは異様な雰囲気を感じ取っていた。腐乱した死体がいくつもそこら中に転がっていて。ここにリトルコールティンがいれば、凄い戦力になったに違いないなどと思いながらルースの膝から降り、周辺を探るアシュレイである。そして突然屋内から真っ赤な血を垂れ流したゾンビが現れアシュレイに襲い掛かり、別段驚きもせず、斜めに銀の剣を振り下ろし、その剣先がきれいに虹色に光るのを目撃していたアシュレイである、銀には聖なる力が宿るとは聞いていたがどうやら本当らしい。両断された死体はすぐに元の姿を取り戻し、隙を見せたアシュレイの喉にかみついた。一瞬苦痛に歪んだ表情を見せたがアシュレイは果敢にゾンビに立ち向かう、後ろからカナーベルの声がした。


「アシュレイ!コアを!コアを狙わなければ何度でもよみがえるのです!」


あちらはあちらでゾンビの群れと対峙していたようである。ゾンビのはらわたの一部に光るコアを確認していたアシュレイはそこをまっすぐに銀の剣で突き刺した。ゾンビはうめき声をあげてさらさらとした砂になって土に返っていく。喉に噛みつかれた跡から、どくどくと血が噴き出して、抑えていてもいっこうに止まらない。その様子を見ていたファルス隊長が下がって!と一言言ってカナーベルが駆け付けてきた。


「このままでは死にます、お前は一足先に屋敷に帰りなさい」


「俺はまだ戦える……戦えるぞ……」


だんだん意識が朦朧としてきたアシュレイは誰かにおぶられ一足先に屋敷に戻ることになってしまった。吸血鬼を退治して王様に片膝をつく夢を見ながら。ボロボロになった聖騎士団達が屋敷に帰還したのは夜になってからだった。奥女中が屋敷の奥から出てきてタオルや水などを渡すと隊員たちはやっと兜をはずし、汗まみれの顔を拭った。


「で、どうでしたの戦績は」


「だめだ、取り逃がした、次の被害がどこで出るのか……」


隊長が悔し紛れにそう言うとそうですかと奥女中が残念がった。意識を取り戻したアシュレイの傍にはカナーベルがいて、お前をおぶって帰ってくれたのはフェリクスなのでお礼を言ってくださいねとなどと言って微笑んでいた。


「吸血鬼はどうなったんだ」


「吸血鬼は私たちが至らずに逃げました、また被害がどこかで出るでしょう」


「師匠は怪我なんてしないっすか」


「私を傷つけた者はお前と私の先生だけです」


夜がふける頃、遅めの夕食を取った聖騎士団たちは明日王宮のほうへと帰るとそれだけを告げて早朝には屋敷を出発した。そういえばフェリクスにお礼を言っていないことを思い出したアシュレイであった。

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