34
刺すような風の中で、べランダで涼んでいたアシュレイである。あれから疲労がたまり、帰るころには血の出しすぎで貧血を起こし、ずっと介抱され、ようやく今朝は調子が良く、起きたばかりであった。怖いメイドがすっかり良くなったアシュレイを見て、元気になったのですか?等と聞き、ベッドメイクをして去っていく。元気にはなったけどまだ少々ふらつきがある、起きたという噂はすぐに広がったらしくアシュレイ様!と大声のルースが元気いっぱいに飛びこんできた。
「よかった、元気そうで。朗報があります、隊長が是非会いたいと」
「シーザの聖騎士団の隊長が?」
「優しいとても良い方ですよ、先日の功績を聞き及んで是非にと」
確実に階段を上っているアシュレイである、でもあの人は部下にグラビアを送り付ける変態ではなかったかと聞くとルースはあれは冗談ですと笑った。
「聖騎士団は現在駐屯地にいます、ここから10キロほど馬ならそれほど時間はかからないでしょう」
「駐屯地って戦争でもしてんの」
「現在魔物がかなり蔓延っていてたった15名の精鋭では駆除に追いつかない状況なのです、なので付近にテントを張って……」
「へえ、楽しそうだな」
「相手にもよりますがね」
苦い顔をしてルースが微笑んだ。ベロアのソファに浅く座り、用意してあるポットから紅茶などをいれ、グラニュー糖をがばがば入れてそれを美味しそうに飲んでいる。
「へえ、興味ある」
「何か勲章か何かをもらえるかもしれませんよ」
さらにグラニュー糖を足して、甘い紅茶を啜り、その匂いを嗅いだ。紅茶の種類はオレンジペコで、ファーストフラッシュのものである。アシュレイも微糖にしながらその紅茶をゆっくり飲んだ。
「師匠はどうしてる?」
「カナーベル様なら訓練場で鍛えています、今日は一緒じゃあありませんが大丈夫ですか」
「うーん……」
すこし考えて大丈夫と言ったアシュレイである、ずっと行動を共にしていた奴である、すこし寂しい思いをした。
「では急ぎましょうか、聖騎士団もあまり暇とは言えないので」
洗面台で髪の毛をとかし、歯を磨き、顔などを洗って清潔な衣服に着替えると、ルースの膝の上に乗り、駐屯地までの道のりを急いだ。駐屯地はだだっ広い丘の上に寂しげに立っており、そこに例のファルス隊長が待っていた。
「やあ君がアシュレイ君だね、私はファルス、こう見えてカナーベルとルースの上司だよ?」
爽やかイケメンの茶色い髪の毛をしたその男はファルスと名乗った。背がルースより高く、185センチはあるのではないかと思われた、ずっと見上げていたためアシュレイの首が痛くなった。
「君の活躍は話題になってるよ、王家のほうから報奨金が出ているんだ、ありがたく受け取るとよいよ」
大きな金貨の袋を渡すとアシュレイは飛び上がるほど喜んだ。簡素なテントの奥には残り13人のそのうちの6人がいて、軽い昼食を取っていたところであった。そのうちの一人がアシュレイに気づき、ひどく睨みつけた。
「おまえか、カナーベルと一緒のエルキナ人ってのは」
少年は天使のような美形で金髪巻き毛の緋色のマントを羽織る騎士であったが攻撃的なようであった。
「調子に乗るなよ」
それだけ言ってぷいとそっぽを向いた。ファルス隊長が慌ててフォローにまわる。
「あの子はああいう子なんだ、根はいい奴なんだけどね」
「エーゼン様、あまりな」
「よしとけよエーゼン」
周囲から牽制されると何事もなかったかのように食事を口に運んでいる。
この生意気な天使はエーゼンというのか、アシュレイは殴りつけたい気持ちがやまやまだったがここではおとなしくしていようと決めていた。
「カナーベルの様子はどうだい?」
ファルス隊長が易しくアシュレイに問いただすと普通に元気にしてますよとそっけない返事を返した。
「あの子は強いんだけどね、いや強いのは本当に小さい頃からなんだけどいろいろあってね、特にメリッサ嬢との破談があってから特に暗くなってしまって」
「た、隊長!」
「メリッサ?その女が破談になったとかいう例のあの女っすか?」
「エルキナからそりゃあカッコいい美形の剣士が来てね、名前なんだっけかな、つまりそいつに盗まれたというのことなんだよ」
「まさかそいつの名前ニナーフォレストって言うんじゃないんすか」
「そうだそうだ、竜騎士団のね」
それで師匠はあんなにあいつの話題を嫌がっていたのか、しかしニナーはシーザに来ても相変わらずだということか、まったく人の女まで奪うなんてあいつはどうかしてる。エルキナ人は敵意を向けられても仕方ないというわけか、
そこまで思ってアシュレイは考えるのを止めた。
「というわけだから、カナーベルを支えてあげてね」
報奨金を受け取り、軽い足取りで帰路につくと、カナーベルが悲しい様子でエントランスで待っていた。
「どうでした駐屯地は」
「王家から報奨金もらったんす!俺の活躍はシーザでも相変わらず評価されるっす!」
「よかったですね、大事に使うのですよ」
寂しげな背中を見せてカナーベルに暗い影が落ちていた。日は暮れて夕闇の赤い炎が空に広がっていた。
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