33

雨がすっかり上がり、雲の合間から虹がまた見えていた。軍馬の上から眩しくそれを見上げるアシュレイは、次の獲物が鬼だと聞いてわくわくが止まらずにいた。厳しい訓練の成果を見せる時だからだ。


「ゴブリンなど剣の錆にすることも惜しい」


カナーベルがそう言って眉間に皺を寄せると後ろからアシュレイを乗せたルースがまあまあと宥めた。暗い洞窟の奥にはゴブリンのアジトがあり、時々周囲の村を襲って食事などを奪っているとのうわさを聞き及んでいた。


「そいつは悪いゴブリンだ、俺の読んだ童話のゴブリンはそんな悪い奴じゃなかったぞ」


「エルキナのゴブリンの印象なんてそんな物でしょうね、奴らは残忍な弱くて群れている鬼です」


カナーベルがそう言って軍馬からゆっくりと降りて周囲を見張っていたゴブリンたちと遭遇した。


「よっしゃああ!」


アシュレイの剣がさく裂する、ブロードソードで剣を振るっている間に一匹のゴブリンは動かなくなり、仲間のゴブリンたちが怒って集団でなぐりかかるとそれを華麗にかわし、喉や腹といった部分に剣が突き立てられ次々と絶命していく。しかし油断していた、後ろから応援がかけつけアシュレイの後頭部を殴打したのである。


「アシュレイ!」


剣をやっと抜いてカナーベルがそばに寄ると、いってえな!と言ってアシュレイはそのゴブリンを一刀両断していた。どくどくと頭から血が垂れてきて、カナーベルが止血すると、くっそおと言ってアシュレイは元気な姿を見せた。


「弱いとは言っても群れですから多少は危険です」


カナーベルが注意を向けるとふーんといってあまり聞いてない様子のアシュレイである、大丈夫ですかとルースが聞くとへっちゃらだ!といって相変わらず強がるアシュレイである。


「お前は帰りますか?」


カナーベルがそう聞くとふらふらしながら誰が帰るもんか!と言ってブロードソードを手に持って迷宮の奥深くへとわれ先にと乗り込んでいくアシュレイである。


「あ、待ちなさい一人で行動するのは危険です!」


カナーベルが静止するのも聞かず、あっという間に姿が見えなくなるアシュレイである。


「行ってしまいましたね、大丈夫でしょうかあいつ……」


「ルースすぐ追いかけますよ!」


真っ暗闇の洞窟の中は結構入り組んだ構造をしていて迷宮といっても差し支えないものである、カナーベルとルースが後ろからついていくと次々とゴブリンの死体が転がっている。


「問題なそうですね、さすがアシュレイ様」


「奥深くにはロードかチャンピオンシャーマンがいるはずですすぐ追いかけますよ」


カナーベルが愛用のヴィンランドスレイを携えて迷宮の奥深くへと侵入していくとアシュレイが殺したらしいゴブリンの死体だらけで死臭がただよい、ゴブリンたちの糞尿のにおいが立ち込め思わず嘔吐してしまうかもしれないひどい状況であった。途中人間の死体も目にした。


「こ、これは!」


ルースが驚いてランプの明かりで腐ったその死体を観察していると、行きますよといって平然な様子でカナーベルがアシュレイの後を追う。今現在のアシュレイは迷宮を統べるゴブリンシャーマンとの一騎打ちの真っ最中であった。

爆発音を聞いたカナーベル達がいそいでその方向へと向かう。シャーマンからは簡単な魔法がアシュレイに向けて放たれていた。なんなくかわし、切り込もうとするとゴブリンシャーマンはぎゃぎゃとわけのわからない言葉を吐いて次々とファイアボルトを放ってくる。


「こんなもの!」


火ですこし火傷を負ったアシュレイはひりひりそこが痛むのを感じていた、なめし皮に広がるような威力ではない。


「こんちくしょう!お前は絶対に許さねえ!」


アシュレイの剣から火がふいた。シャーマンのファイアボルトは魔力が尽きたのか、そこから打ってくるようなことはなかった、目に留まらぬ速度でアシュレイはシャーマンに切り込みを入れ、3回ほど命中した。ぎゃぎゃぎゃ!とシャーマンはわけのわからない言葉で大声で叫んだ。仲間を呼んだのである。そうして迷宮の奥からわらわらとゴブリンたちが姿を現す、


「アシュレイ様!シャーマンはまかせました!雑魚は我々が!」


ルースがそう叫ぶとアシュレイは深く頷いた。3回切り込んでも死なないシャーマンは意外としぶとい。魔力の尽きたシャーマンは棍棒を持ってアシュレイに殴りかかっていた。周囲では白兵戦が行われている。切りあいで負けるはずがない、棍棒の襲撃を見事にかわし切ったアシュレイが真っすぐに一刀両断するとシャーマンはぐぎゃああ!と断末魔を叫んでそのまま床に沈んだ。師匠は雑魚だと言っていたが意外とてこずった相手である、感慨深くその死体を見つめていると白兵戦の終わったカナーベルとルースが近寄り、ルースがお見事でしたと労いの言葉をかけた。


「ゴブリンの血を吸うなど反吐が出る」


カナーベルは一生懸命剣を拭いていた。「さて日暮れですね、帰って隊長に無事に殲滅できたことを報告しなければ」

三人は迷宮から出て、迷宮を後にした。

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