出陣

将軍が去り、急に慌ただしくなったカナーベルの屋敷も一息ついて、いつもの静けさを取り戻しつつあった。使用人たちがカナーベルに甲冑を着せる、そして最初出会った時のような、黒い烏の騎士へと変貌していた。不気味なヴィンランドスレイが怪しく光るその騎士から立ち込めるオーラは常軌を逸していた。いつも軽装のルースも今日はフルフェイスの兜に鎧を体中に着込んでいる。出陣である。


「アシュレイ、準備はできましたか?」


鎧をがっちり着込んでいる二人と比べ、アシュレイの身に着けている防具はなめし皮の胸当て程度である。


「お前、ピクニックに行くんじゃないんだから……」


「俺は大げさな鎧なんか着なくたって身軽だからいいんだ!」


そう言ってぴょんぴょん跳ねてみせるアシュレイである、やれやれと言ってカナーベルはそれ以上何も言わなかった。奥女中がご武運をと言って見送ると、三人は軍馬で出陣した、今日は日が良い、何の魔物の群れにも遭遇せず、ただいたずらに馬を走らせている三人である。


「こちらが準備しているとなるとまるで分っているかのように姿を現さないとは」


ルースがちっと舌打ちし、額に皺を寄せた。


「まあ良いことだと思って帰るしかありませんね」


カナーベルがそう言って帰ろうとした矢先、四つん這いになった猿のようなモンスターに遭遇していた。


「よっしゃあ!俺の出番だー!」


アシュレイが咄嗟に切り込むと、あまりの皮膚の硬さに弾き飛ばされてしまう、怒ったモンスターがアシュレイめがけて突進してくる、軽快にかわすと、再び打ち込むがなかなか固い。


「いきなりあいつですか」ルースがとおくから軍馬の上から眺めている。


「アシュレイ!コアを狙うのです!」カナーベルがそう叫んでアドバイスを送った。


「コア?」


アシュレイが気を取られているとモンスターの突撃をもろに食らう。転がっていくアシュレイを見て、ルースが思わず馬をひいたが大丈夫でしょうとカナーベルが牽制した。


ただいたずらに剣をぶち込むだけはどうやら勝てないぽい、猿が飛び上がった瞬間に腹のあたりに急所が見えた、


「そこだ!」


アシュレイがコアへとむけて剣をまっすぐに投げつけると、猿は断末魔の叫びをあげながら空中からゆっくりと降りてくる、そして死体をよく観察しているアシュレイの傍に寄ったルースがお見事でしたと労う。腹に刺さった剣を抜き、それをよく拭いているとカナーベルが説明に入った。


「モンスターには大抵コアがあります、召喚したものが人間ですから」


「アルバートカルバナールというところから送り込まれているのです、今現在エルキナの支配下にあるのですが……」


「初討伐だ!」アシュレイはカナーベルの説明をよく聞かずに喜んでいる。


「日が暮れますね」


危害を加える風でもないワイバーンたちの群れが夕闇の中に飛び交っている、


「やはりやや様子がおかしいか……父上の言ったとおりですねえ」


「アシュレイ様、日が暮れるとモンスターの動きが活発になります、ここはこのあたりで帰還しましょう」


「もう終わり?」


「やれやれ、我々の出番はなかったようですねえ」


「あ……」


魔物に突進されたとき、アシュレイの胸当てが破損しているようだった。


「それも新しくしなければなりませんね、では戻りましょうか二人とも」


アシュレイはルースの膝にちょこんと乗り、軍馬で2頭の馬が帰還する。

奥女中が待っていて、三人をねぎらうと、今日の収穫はどうでしたかなどと聞いた。


「今日はデカモンキーが一体いただけです、アシュレイが難なくやっつけたのですよ」

へへんと威張っていると小さいのに偉いわなどと言われて小さいは余計だと怒り出すアシュレイである。それから三人は風呂にし、女中の用意した飯を喰らう。アシュレイの皿だけ三枚分ほど多い。どうやら大食いだということが知れ渡っているらしく、またハーブを飲んでいるカナーベルが隣で笑っていた。


「うちの武器倉庫に行きましょうアシュレイ、破損したでしょう」


いつものように大量に腹に食べ物を入れて、アシュレイは武器倉庫に来ていた。

よりどりみどりの武器と防具がその部屋に並べられていて、うんこれはいいなと言って手に取ったのはやはりなめし皮の鎧である。軽装をやめるつもりはないらしいと知ったカナーベルがクスクスとその日よく笑った。


「師匠はよく笑うようになったっすね」


アシュレイが何気なくその言葉を発するとはっとしてカナーベルは空を見つめた。

カナーベルの凍てついた心の中で何かが溶け始めているのであった。ランタンの灯を消し、新しい鎧を持ってアシュレイとカナーベルが武器庫から出てくると、奥女中が居て、にっこりと微笑んだ。


「すこし、カナーベル様はお変わりになりましたね」


「きっと……気が迷っているのでしょう」


それだけを言い、カナーベルはダブルベッドの上で考えていた。

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