ヴィンランドスレイ

すっかり腹の調子を取り戻したアシュレイは元気にスキップしながら長い廊下を歩いているとおや、すっかりよいのかね?などと将軍からすかさず声をかけられる。


「あ、じいさん……じゃなかったお館様、俺はいつだってぴんぴんしてます」


「それはよかった」


それだけを言ってお館様の姿は見えなくなる、背中にしょっている剣が今から稽古に向かうことをうかがわせる、あ、俺も行きます!とすかさず声をかけるもむなしく空を切った。それからダッシュでベランダから見える訓練場まで急いだ。すでに素振りを始めていたカナーベルとルースが居て、カナーベルがもういいのですかなどと言いながら剣を手入れしている。


「相変わらずだなヴィンランドスレイの芸術的な美しさは」


お館様が惚れ惚れとしてその剣の美しさを讃えると、そうでしょうと言ってカナーベルはまた丁寧にそれを拭きこんでいる。


「お前がこの剣の主になったのはいつだったかな、だいぶ昔の話になるが……」


「アンサズがいたな?」


はっとしてカナーベルの手の動きが一瞬止まる。それからしばらく経ってまた手の動きが戻るとヴィンランドスレイはいつにもまして輝きを放っていた。柄の女神が微笑んでいる。アシュレイはその剣の逸話について何も知らなかったから、今が聴くチャンスだとばかりに質問した。


「カナーベルがその剣の所有者になったのは今から10年ほど前のことになる、この国の剣の女神に認められてね剣の神殿から剣を賜ったのだ」


「たしかヴインランドスレイはエルキナの由緒ある大会の名前にもなっているはずだ、過去にヴィンランドスレイを所有した勇者がエルキナの民を救ったのだよ」


「アシュレイはその大会で優勝したのですよ父上」


カナーベルがすかさずそう言うとおおそうかねといっていっそう将軍の様子は優しくなった。


「勝利を譲ってもらっただけだ……」


「名実ともにエルキナ一の剣豪ではないか、では鍛錬に励むことにしよう」


「父上はいつまで屋敷に?」


「明日にはアデッソのほうへと駆り出されることが決まっている、あの国一筋縄ではいかんぞカナーベル」


「アデッソ……邪悪な王の治める砂漠の都……あそこから魔物たちが」


「うむ」


稽古が嫌いなアシュレイだったがどんなに強くても驕らない二人の騎士を見てすっかり意識が変わってきていた。自分も随分変わったものだと剣を振りながら思っていた。


「やはり太刀筋がいい、さすがエルキナの剣豪だな」


お館様から褒められたアシュレイは素直に喜んだ。時間は昼に及んで、おやお天道様が高く昇っているなと言ってお館様が休憩をはさんだ。小姓からタオルや水筒などを渡されるとアシュレイは思いっきりいい匂いのするそのタオルで顔を拭った。それから軽く昼飯にしてまだ鍛錬は続く、烏が鳴き始める頃にはすっかり日が落ちて、夕闇の中に飛んでいくワイバーンたちを発見していた。


「飛竜も寝る時間か、では我々もこのあたりでやめておこうかね」


「そうですね父上」


腱鞘炎になったのではと疑うほどの疲労がアシュレイたちの体を襲っていた。


「風呂に浸かってゆっくり休むといい、私は明日からいないが鍛錬をさぼらんようにな」


「はい父上」


カナーベルは少し寂しげにして、体の骨をぽきぽきと鳴らしていた。


「ふあー疲れた」


質素な訓練場にだいのじになって寝そべるアシュレイはいつになくハイテンションであった。


「やれやれ父上は甘いんだから……」


カナーベルから水を浴びせられうわっと言って飛び起きると、もう六時ですよと言ってにこやかに微笑んでいる。少し眠っていたらしい、痛む右腕を抑えながら疲れ切ったからだを入浴で癒し、ヴィンランドスレイの秘密について少し知れたことを素直に喜ぶアシュレイであある。それからだだっ広い真っ白なテーブルクロスの敷かれたその広い食卓に三人は招かれていた。今日のカナーベルは珍しく肉を口にしてた。


「少しは胃の調子がよくなったかね?」


「いえ、あまりよくなってはいないのですがさすがに今日は胃に野菜以外のものを流し込みます」


「お前やはりメリッサ嬢とのことが」


「メリッサ?」


「ひい!お館様!ワインがこぼれています!」


名前を聞いた途端カナーベルのフォークが止まった。

この地雷を踏みに行く将軍は危険だ。おやそうかねといってクロスの染みを見つめると、すかさず給仕がそれを拭きにやってきて新しいグラスに高級酒を注いだ。


「あのメリッサて誰ですか?」


アシュレイが何も考えずに聞くとすかさずルースがテーブルクロスの下で蹴りを入れた。


「いってええ!」


「どうかしたかね」


「ルースてめえ!」


「食卓でけんかはやめたまえ、いいブドウ酒が入ってね、南国の香りがするのだが三人ともついでもらいなさい」


そうして給仕がやってきて三人の目の前にピカピカのワイングラスを置き、並々と注がれていく。


「カナーベル、私の留守の間屋敷のことを頼んだよ」


それだけを言い、カナーベルはその酒を何かを忘れるように飲んでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る