館にて

その館の主が帰宅したのは深夜をとうに過ぎ、午前を回っていたころであった。酔いがまわっているがしっかりした様子のそのロマンスグレーの老人はやはり面影がカナーベルに似ている。


「カナーベルが戻っているのか」


「ええ、お館様」


マントを手渡した主はほっとした様子で一瞬厳しい表情をした。それからカナーベルのように穏やかな表情に変わり、カナーベルのいる部屋のほうを眺めていた。


「アシュレイ様朝でございます、もうすっかり日が明けましたわ」


メイドの声で目を覚ましたアシュレイはスイートくらいのダブルベッドの上に寝かされ、それから朝のハーブティーとブレッドを楽しんでいた。


「へえ、やっぱりローズヒップは入ってないんだな」


「ええ、うちはお館様があれが苦手で、お詳しいですねアシュレイ様」


「うちの庭でも育ててたからなあ、乾燥させてすりつぶすんだよな」



「よくご存じで」にっこりと微笑んで食器を下げたメイドがさっさと立ち去っていく。ベランダに出るとルースとカナーベルが素振りをしているのを目撃していた。


「師匠!俺も混ざります!」


遠くから叫んだが声は届くはずもない、慌ててガウンからシャツに着替え、とことこ降りていくとこの館の主、カナーベルの父が応接間でコーヒーなどを啜っているところに出くわしていた。


「おや君がそうかね?」


「えっとじいさんは?」


アシュレイがじいさんというと後ろからすかさず使用人が背中をこづいた。


「カナーベルが友人を連れてくるなんて珍しいこともあるものだ、聖騎士団の連中ならともかく」


主はぷかあとタバコをふかしてそれからタバコを吸っている。ゆったりとしたリクライニングソファに腰かけ、新聞などを読んでいる。それからコーヒーテーブルにコーヒーをいったん置き、アシュレイのほうへと体を傾けた。


「カナーベルのことをよろしく頼むよ」


「も、もちろん!」


ゆったりとした様子で微笑んで、アシュレイはやはり似ていると思った。エントランスを出て、庭に向かうと素振りをしている二人の騎士がいた。小姓がカウントをしていて、500といったところで一旦剣を二人はおさめた。それからすぐにカナーベルがアシュレイの姿を見つけ、おや今頃起きたのですかなどと聞いた。


「お館様とお会いになりましたかアシュレイ様」


ルースが汗をタオルで拭いながら聞くとゆっくりと首を縦に振ってにこやかに微笑んだ。


「彼も若い頃は聖騎士団にいましたので腕に覚えがあるのです」


「あの優しそうなじいさんが?」


「白髪を染めていないから老けてみえますけど彼はまだそんなに年齢はいってませんよ、彼はああ見えて将軍です、偉い人なんですよ」


「しょ、しょーぐん!」


じいさんなどと言ってしまった。怒られるはずだ。


「父の居るところではさぼるわけにはいきませんよさあ素振りをしましょう」


そして三人が素振りを始めると小姓がすかさずカウントを始める、それがいくつかに及ぶ頃にはすっかり日が暮れていた。


「あーはら減ったー」


「今日はカナーベル様が帰ってきたので豪勢な食事がふるまわれますわ、期待しておいてくださいな」


すっかりパンパンになった腕と手足をマッサージしてもらった三人は、それからゆっくりと風呂につかり、食卓へと向かうとローストビーフ、豆やアボガドのサラダ、色とりどりのパスタ、オニオングラタンスープやコーンスープ、冷製のじゃがいものスープ、蟹やエビといったものが並んでいる食卓へといざなわれていた。


「うちのシェフが腕によりをかけて作ったものだよさあ遠慮なく食べなさい」


にっこりと微笑む主がそういう前にアシュレイは野獣のように目の前の食材をたらふく口にしていた。


「ずいぶん荒々しいが品よく食べる子だ、君は貴族の館にでも奉仕していたのかね?」

さすが将軍だ、鋭い。そんなことを思いながら俺は兵士だったと言い張るアシュレイである。


「なるほどやはり宮仕えか、身元のしっかりした人間で安心したよ」


主もやはりカナーベルと同じようにそれ以上踏み込んでこない、ほっと胸を撫でおろし、ローストビーフをシェフが切るのを待っているアシュレイである。これで三皿目だ。隣にいたカナーベルはスープを品よく流し込み、それからまたハーブを飲んでいる。

「師匠はずっと胃が悪いっすね」


「うるさいですね、これでも十分食べました」


それでもカナーベルの持っている皿は一つだけでサラダを少し口にした程度であるのは明確である。


「その子は昔から食が細くてな」


笑いながら主が言うと、一緒に食べていたルースは穀物くらい胃に入れたらどうですかなどとカナーベルに聞いていた、アシュレイが食い散らかしたのですっかり空になった皿を下げながらメイドたちはクスクス笑いながら去っていく。それでもまだ硝子の器に入った野菜スティックなどをまだほおばっているアシュレイである。「おやこれなら食べられそうですね」などと言ってカナーベルも噛んでいる。「師匠は葉っぱばかり食べるのでそのうち繭を作って羽化するっすね」


まだ体の節々が痛む。三人は長い長い夜の合間を、ひと時の休息を楽しんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る