生還
狭い牢獄に響いたその声は地獄できいたあの声と同じだった、逃げよう?アシュレイ…幼き日の思い出を朦朧とした状態で思い出していたアシュレイは、涙ぐみながらそばによったリトルコールティンを見て、少し正気を取り戻しつつあった。
「アシュレイ……!」
そういって抱き留めたリトルコールティンである、うっすらと分かっていた、自分はようやく助かったのだということを。横目でちらと見るとルースも涙ぐんでいる、カナーベルは顔を近づけて冷静な様子で穏やかな表情をして覗き込んでいた。
「彼女の力です、礼なら彼女に言ってください」
「いいえ、カナーベル様が教えてくださったから私は気づくことができたのよアシュレイ」
涙の止まらないリトルコールティンの涙をそっと指で撫でると、よかったとそれだけを言ってアシュレイはそのまま気を失った。
「あ、アシュレイ!」
リトルコールティンが必死の形相で語り掛けると眠ってるだけですよとそれだけを言い、カナーベルは安堵していた。とにかく死んでいなくてよかったのである。カナーベルは驚いていた、自分の中に人を助けたいと思う心がまだ残っていたことに。それから……ドラゴニアの言った言葉を繰り返し思い返していた、
罪もない人間を殺しているのは私も一緒だと。
影を見せたカナーベルの様子に誰一人として気づく者はいなかった。
ドラゴニアは部下と一緒に既に牢獄から離脱しており行方が知れなくなっていた、今はアシュレイの治療のほうが先決である、ち、逃がしたかとルースはそう言って散り散りになった牢獄の様子を見て回っていた、そして死体をいくつかと、へらへら笑っている気の狂った男がいたことを確認していた。
「もう自由ですよ」
ルースが男の手から縄をはずしてやると男は俺は助かったのかと何度も聞いた。
そうですよとルースが優しく言うと男は小躍りして牢獄から脱出した、アシュレイが目を覚ました頃、足の小指にはぐるぐる巻きの包帯がそして横には看病で疲れ切って眠っているリトルコールティンがいた。そうか、足の爪がないんだったな。
アシュレイはあまり痛みを感じないその指をずっと眺めていた。それにしても豪華な部屋だ、モスキートネットのかかったダブルベッド、ふかふかの布団、ホテルでいえばスイートくらいの部屋だ、おそらくここはゲストルームに違いない。そうして少しの間時間が経つと、エリメルがやってきた。
「アシュレイ……お久しぶりね」
「あんたエリメル……やっぱここ王宮か」
「ドラゴニアがひどいことを……ごめんなさい」
「あんたのせいじゃないよ、俺は生きている、爪はなくなっちまったけど」
「リトルコールティンは付きっきりで看病していたわ、起きたらお礼を言ってね、ドラゴニアには王家も手を出せないの。きっとこれからもお前の命を狙うわ」
「今度こそ返り討ちにしてやる」
にっこりと微笑んでエリメルはそれだけを言って去っていった、心に決めた人とはどうなってしまったのだろう。エリメルの残した残り香を嗅ぎながら、アシュレイはぼうっと空を見つめていた。そうしてはっと言ってリトルコールティンが起きる、
「あれ、私寝ちゃっていた?」
「おそよう」
「アシュレイ指は大丈夫?」
「指くらいどうってことない、そんなことよりお前ずっといてくれたんだな、ありがと」
「当たり前だよアシュレイは大事な仲間だもの」
「大事な仲間か……」
アシュレイにとってそれは複雑な言葉だった。
やっぱり思い出してはいない、昔のことを。でももうとっくに捨てた過去だ。リトルにとってもそうに違いない。
「なあ、お前昔のことってどのくらい覚えてる?」
「私よく覚えているよ?」なんで?」
不思議そうに小首をかしげるリトルコールティンを見て、アシュレイはははと笑った。急に笑い出したアシュレイを見て、不思議そうな顔をしてリトルコールティンは見つめ返している。
「いや。いいんだ、もう忘れてしまっていても……でも、思い出さなくてもいい」
「私、何か忘れている?」
「いいんだ」
そうリトルコールティンと昔であったことを思い出してほしいけど思い出してほしくない理由があった、もういいんだ忘れてしまっていても。そう踏ん切りがついた段階で慌ただしくルースとカナーベルがやってくる。
「元気そうですねアシュレイ」
やつれた笑顔を見せたのでアシュレイは師匠なんかあったんすかと思わず聞いた。
「いいえ、なんでもありませんよお前が回復したら早速シーザへと帰還するつもりでいます、早く治すことですね」
「なんにせよ生きていただけで我々は幸せです、私などうるうると涙が……」
いつもの鳴きまねではないルースの本気の涙は、アシュレイの心を打った。
それにしてもドラゴニアは許せない。りんごの皮を剥きながらリトルコールティンが優しく微笑む。
「ドラゴニアには必ず正義の鉄槌を下します」
ルースがそう言い切って病人より先に向いたりんごを口に入れていた。
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