捕らわれたアシュレイ3
アシュレイがぐったりとして、歌を唄うのもやめて、弦を弾く指先の指の動きも止めて、食事もほとんどとらなくなったころ、ドラゴニアは笑いながら階段を降りてきた、死屍累々となった様子をほくそ笑みながら、鉄格子越しのアシュレイの様子を観察していた。
「どうだ?この牢獄の住み心地は?なかなか悪くないだろう、私に恥をかかさせたことを少しは反省したかね?」
ドラゴニアは嬉しくてたまならいといでも言わんばかりの言葉を瀕死のアシュレイにぶつけてきた、どうにか目線をドラゴニアのほうへ向け、何か言ってやろうと思ったアシュレイであったが、この数日ろくに食事もしていないアシュレイは口が回るはずがなく、また何の恨み言も口から出てこないのであった。
「やけにおとなしいな、いよいよ死ぬ覚悟ができたのか」
ドラゴニアは鼻をかきながら拘束されたアシュレイの目線にまで腰を落とす、
「声帯をつぶすのは何もかも吐いてからだ」
歪んだ表情で高らかに笑うと、ドラゴニアはその場を立ち去った。
もう誰も助けには来ないのだろうか……
ぽつんぽつん、どこからか水の漏れる音がする、この牢獄でもう一人いたはずの囚人の悲鳴はもう聞こえなくなっていた。
死んだのか……
自分も一度は死んだことを思い出していた、また死ぬだけだ。でも今回はもう生き返らないだろう。自分は高度な魔法使いなどではない、背の高くない、カートン村の護衛をやっているだけのしがない剣士だ。それでも絶望に心を支配されることなどなかった、師匠が必ず助けてに来てくれる……何故か、そんな確信めいた何かを感じていた。ああ、お母さん明日自分は嫁ぐのです、ああ、お母さんこれから私は幸せになるのです。嫁ぐ乙女の歌を再び歌った。この歌は流行歌で宮廷にいた頃はよく歌わせられていた。懐かしくて、2度と思い出したくない思い出を、なぜ今頃になって思い出すのかアシュレイにはちっともわかりやしなかった。
でも何かをしていないと不安になる、また食事を残したアシュレイを見て、看守はへらへらと笑っていた。
あれからどのくらい時間が過ぎ去ったのであろう、来たばかりのころは、なんとなく腹時計で時間を数えていたのだが、もうすっかりと参ってしまって日付のことを気にする余裕などなくなっていた。拘束された腕の感覚がすこし麻痺している、拷問も始まる。普通なら発狂するかもしれない事態に陥っていたアシュレイであるが、もう自分は一度死んでいるのだから、特になんとも思うことなどなかった。いや、何とも思わないと信じ込んでいるだけなのかもしれなかった。
雨が降っている。土砂降りの中を早馬で走らせていたカナーベルとルースはふと立ち止まった、
「生きて……いますかね」
「あんな奴が死ぬと思いますか」
カナーベルは微笑んだ。きっと生きている、アシュレイと同様に確信めいた何かを感じていたカナーベルである。あんな奴が死ぬわけないという言葉を聞いたルースは暫く考えてそうですねといってしばらく笑っていた。
「しかしなぜ今頃になってアシュレイ様を捕らえたのでしょうか」
「大方エリメルに直接ふられたのでしょう、きっとその腹いせですよ」
「うーむ王都なら何の罪もない少年がとらえられていることなどすぐ噂になりそうなものですが……」
「そこはうまいことやっているのでしょう、急ぎますよルース」
早馬は泥だくの道を気にする様子もなく淡々とエルキナへの道を急いでいた、不眠不休で急いでいた二人は疲労困憊で、さすがに休憩しましょうとカナーベルが言うまでルースは手綱をはずさなかった。
「もし、死んでたらどうします」
ルースが不安を口にすると焚火に目を配っていたカナーベルは一笑に付した。
「実家に知らせなければなりませんね」
「あいつの実家ってどこです?私はとんと彼のことをしらないのですが……」
「私も知らないのです、エレメンツと面識があるようでしたので彼女に聞くのが早いでしょう、エレメンツが気づいてくれるといいのですがおそらく……」
そういえば自分についてくるようになってから、ほとんどアシュレイのことを何も知らないカナーベルである。あいつがなぜ英雄になりたいというのか、なぜ騎士団に入ろうというのか、その動機さえ何一つ聞いていない。
「あいつには聞きたいことがあります、生きていてもらなわなければ困るのです」
「そういえばアシュレイ様に彼に会わせるというのは本当ですか」
「きっと勉強になるでしょう、騎士になって武勲を立てたいというきもちにやっと答えてやってもいいと思うようになった矢先これですよ」
目の前の焚火はごうごうと炭を作っている、黙ってルースが焚火に木をくべた。
濡れているので少し油が必要だったものの、暖を取るのには申し分なかった。
「どうか生きているのですよ」
祈るような気持ちでカナーベルは真っ赤な炎を見つめていた。
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