捕らわれたアシュレイ2

カナーベル達が王都を目指し早馬を走らせていたころ、王都ではリトルコールティンが何やら不穏な噂を耳にしていた。


「何やら男の子が牢獄に幽閉されているらしいわよリトル」


「男の子?なんでまた」


「わっかんないわよドラゴニア様に聞いて」


書類に目を通していたリトルはその手を休めてしばし考えていた。ドラゴニアは評判のいい上司ではない、きっと何らかの悪だくみの結果に違いない。しかし今は書類の整理に追われる身である、その時一瞬気になったもののそのまま忘れてしまった。


まだ助けは来ない。一人ぼっちで暗闇の中に放置されていたアシュレイは、自分の気が正気かどうか歌をうたって確認していた。まだ覚えている、嫁ぐ乙女の歌といったアリアの数々を。そのうちうるさい!と看守に怒鳴られるまで歌を続けていた。まだ拷問は始まらないようだった、見渡せば拷問の器具の沢山ある牢獄である、正気でいなければ。ここが王都の牢獄ならきっとリトルが気づくに違いないと思っていたがその考えは甘いことにはだんだんときづいていたアシュレイである。果たして師匠がドラゴニアの仕業だと気づくだろうか、そして助けに来るだろうか?。



「なんだこの歌声は?」


「この間とらえた小僧が歌っているようですね」


「変声期に入っているようだがはて素人ではないな」


「そうですね巻き舌も完璧なようです」


ドラゴニアが含み笑いをしながらアシュレイに牢獄越しに近づいたのは昼に差し掛かろうとしているときであった。


「お前、どこかで見たことがあると思っていたら……あの歌声で思い出したぞ」


「言うな!」


怒りをあらわにして挙動を不審にしたアシュレイである、ドラゴニアはほくそ笑んでニヤニヤしている、


「お前がかたくなに隠したがる理由がよくわからないが、たしかに今のお前なら隠したいかもしれんな、みんなが知ったらどう思うかな」


表情がひきつったアシュレイを見てドラゴニアはさらに笑っていた、腹がよじれるほど笑っていた。


「そうだ声帯をつぶそう、しかしそうするとお前から何も聞き出せなくなるな」


ぞっとしてドラゴニアの醜い表情を確認したアシュレイである。



「指を一本ずつ切断していくのもいい、二度と剣が握れないのと弦を触る指がなくなるな」


指だけはやめてほしい、やるならせめて足の指にしてほしい。しかしドラゴニアは脅すだけでそれ以上のことは何もしてこなかった。


「お前が精神的に参るのを待っているぞ、いつまで正気でいられるかな」


「手を汚したくないんだな!ヘタレ!」


「そんな元気がいつまで続くかな、気づいていると思うがここはエルキナの牢獄だ、どんなに叫ぼうと助けは来ないぞ?ん?お前が絶望的になる様子をまだ観察しておきたいな、拷問はそれからでもいい、吐くつもりもなさそうだしな」


せせら笑ってその場を立ち去ったドラゴニアである、あれからどのくらい時間が経ったのか、この暗闇にいたのでは感覚がまるで薄れていた。あれから正気を保つために素数を数えたり歌を唄ったりして頑張っていたアシュレイであったが、おそらく三週間ほどたった頃であったか、少し気がへんになっていくのを感じていた。そして思い出していた、喝采を浴びていた当時の自分の栄光を。今は茨の道を選んだ身である、とにかく強くなりたかった。もうあの頃のような弱い自分には戻りたくなかった、大切な人を守れるくらい強くなりたい、その一心であった。

リトルコールティンが自分のことを思い出せないのも無理はなかった、あれから随分と変わってしまったアシュレイである、きっとこれからも思い出せないであろう。でもそれでもかまわなかった、例え忘れていたとしても。


そしてあの老人のことを思い出していた。あれはレアデスゴブラー!

世界に名だたる魔術師の一人だ、一人で何万人という数の兵をしのぐといわれる大魔術師だ、なぜドラゴニアといった小物とつるんでいるのかまるでわからなかった。それからしばしぐったりとした、刺激が食事しかない状態では、ほぼ参っていた、そうしてエルキナ王都に入ったカナーベル達が、アシュレイの居所を掴み、まだ生存しているかどうかを祈りながら王都の牢獄へと急いでいた。

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