忍び寄る悪意

まだ夏でも少し冷えるエルキナである。くしゅんくしゅんと鼻水を垂らすアシュレイは完全に風邪をひいていた。振り返りもせず歩き続け居てたカナーベルは、一瞬足を止めて振り返った。


「それでも飲んでおきなさい」


「これは?」


「いつも携帯している漢方です、どうやら東洋のものらしいのですがよく効きます」


アシュレイはそれを受け取ってしばらく見つめてから水筒を肩からはずして胃袋に収めた、体がぽかぽかしてくるような不思議な感覚が襲ってくる、医者にかからなくてもよいものだろうか。


「私はそれでいつも治します、きっと効きますよ」


師匠の言うことだ、きっと間違いない、アシュレイは漢方の包みをバックに丁寧にしまうと、カナーベルの足取りを追っていた。この森はおいはぎなどは出ないようだ、人の立ち入った形跡がまるで見られない。蔦の生い茂る山道をナイフで器用にかきわけ、進んでいくとふと何か思うようにカナーベルが立ち止まった。


「シーザに……帰ろうと思います」


「やっぱルース兄さんの言う通りにするっすか」


「あいつの言い分を聞くわけではありません、ただろくに道も歩けないようでは……寒いですしね」


「エルキナの冬なんて地獄ですよ」


「そうでしょうね……」


スーツのカナーベルは少しは暖かいのか寒がる様子などなかったが、エルキナに慣れているはずのアシュレイはまだ鼻水を垂らしていた、それをハンカチでかみ、少しは体調がよくなったらしく元気な姿を見せた。


「お前に会わせたい人物がいます」


「俺に?」


「きっとこの先よい道しるべになるでしょう」


カナーベルの会わせたい人物とはどういった人物なのだろうか、わくわくする気持ちを抑えながらアシュレイは後ろをとぼとぼとついていった。

ヴィンランドスレイ杯からほとんど剣をふるえていないアシュレイである、体がなまった感覚があった。


「あの師匠、俺も戦いたいっすけど」


「雑魚はまかせますよ」


これだけ強いカナーベルだ、何を言ってもカチンとは来なかった、危ない奴なのは間違いないのであったが、こいつについていけば間違いないという確信めいた何かを感じていたアシュレイである、普段ならもっと感情的になるところを、この人物と出会ってから随分と落ち着いてきた、精神的にも成長していると感じていた。


ざわざわと森が揺れ動くの感じていた、きっとまたルースが追ってきたに違いない。。


馬の蹄の音がしてそれからルースは一礼した。


「カナーベル様、シーザに帰る決心は固まりましたか」


「タピオカも飲んだことですしね、エリメルとのことも決着がつきました、もうこの国ですることは残っていません、敵も歯ごたえのない奴ばかり、戻ることにしますよ」


「あなたが私の言うことを聞いて下さるとは」


涙をぬぐう真似をしたルースだったがカナーベルはすぐに睨みつけ、おまえの言うことを聞いたわけじゃないと否定した。


「では早馬を3頭ほど連れてきます、アシュレイ様、乗馬の経験は?」


「俺は馬なんか乗れねーよ」


「でもあなた騎士になりたいんでしょう、馬に乗れなくてどうするんですか」


「そのうちどうにかなる!」


そう言って威張ったアシュレイである、この自信はどこから湧いてい来るのかカナーベルは不思議でしょうがなかった。


「お前ってなぜそんなにいつも自信満々なんですか?」


遂に聞いてみたカナーベルである、少し考えてアシュレイはなんでだろうと一言漏らした。


「自信がない奴よりはマシです、ではさっそく準備に取り掛からなくては!」


それだけ言ってルースは姿を消した。アシュレイにもなんで自分が自信満々なのかよくわかっていなかった、たんにポジティブなだけなのかもしれなかった。


エルキナの王都から不穏な空気が立ち込めていたのにその時その場にいた全員が気づいていなかった。恨みを抱いた悪意がアシュレイのすぐそばまで迫っていた。

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