オーバーマジシャン
二人が目を覚ました後、森の静謐は鳥の歌声を奏でるだけであった。腰をさすりながらカナーベルがうーんといって背伸びをする、同時に起きたアシュレイはカナーベルの服にこびりついた血の跡を発見して背筋が凍る思いをした。今朝はルースはさすがに姿を見せない、眠気が残り2度寝しようともう一度横になると今度は腹の虫が鳴ってよく眠れなかった、アシュレイは昨日からろくな食事を取れていない。腹が減ったとカナーベルに言うと、カナーベルはおもむろに簡易食糧を投げてきた。この食べ物は腹が膨れないばかりかほとんど味がしない。
「戦争ではこんな食べ物日常茶飯事ですよ」
カナーベルはしずしずとそれを口にする、それでも何も食べないよりはマシなのでアシュレイは仕方なくそれを食べるのであったが何より美味しくない。不満を口にしながらアシュレイがなんとかそれをたいらげると森は急にざわつきだした、何かが迫っている、逃げていく小鳥たちの様子を観察しながらアシュレイはきゅっと唇を噛み締めた。馬の蹄の音がする、来たのは盗賊や追手ではなかった、ルースだったのである。
「探しましたよカナーベル様」
「ほう、山道を歩いていたというのによくここがわかりましたね」
「人の通った形跡を追ってきました、遭遇できて何よりです、そんなことよりカナーベル様、あなたの情報はかなり拡散されていてもう取り返しがつきません、すぐさまシーザに戻るようにとの陛下のお達し」
「のんびり物見遊山とはいかないわけですね」
「もう人がいるところは危険です」
「私は強い、賞金首になろうが簡単にやられはしないと陛下に」
「カナーベル様!」
ルースが泣きそうな表情をしながら必死で止めようとするもそれは虚しかった。
「私は国の父上になんと説明したらいいのです!」
答える様子もなくカナーベルは荷物をまとめ始めていた。ちょっとしたキャンプ道具や寝袋などが入っている、結構な量になっているそれはなかなか重たい。それをゆっくり背負い、カナーベルが地図を広げていると必死で止めようとしていたルースももう何も言わなくなっていた。
「ご武運を……」
それだけを言ってルースは去っていった。
「師匠、シーザに戻るつもりはないんっすか」
雑草の生い茂る山道を辿りながらなんとなく聞いてみたアシュレイである。返答はなかった。
「む……」
急に立ち止まったカナーベルを見ていてアシュレイは何かが起きたことを察知していた。
「強振している、魔術師か何か現れたようです」
「な、なんだって……」
このエルキナで魔術師と遭遇することなど滅多にない。もしいたとするならオーバーマジシャン、何の組織にもエレメンツにも所属せず勝手に行動している邪悪な魔法使いだけだ。
木の割れ目から、人の手が出現した、もくもくと人の姿になっていくそれはとても人間だったとは思えないほど凶悪なすがたであった。
「見つけたぞ邪悪な賞金首よ、私は首狩りの魔術師、もちろん野良のね」
低い声が森に響き渡る、男は黒いマントを翻し、二人の前に立ちはだかった。
男の唇は尋常とは思えないほど横に割れ、ボロボロの歯並びをしていてそれから一やどり木の杖をしょっている
「なるほど今度は魔法使いか、下がっていなさいアシュレイこいつは手ごわいかもしれない」
カナーベルがゆっくり鞘からヴィンランドスレイを引き抜くと男はけたたましく笑った。
「そのようなリーチの短い武器で私の魔法がかわせるとは思えませんね、ファイア!」
男はいきなり炎の塊をカナーベルの顔にぶつけてきた。美しいカナーベルの顔が炭だらけになるとカナーベルはゆっくりと右手でそれを拭った。
「ほう、その武器魔法耐性があるようですね……」
「おそらく私はお前に負けないでしょう、死にたくなければ去るがいいと普通なら言うところですが私はお前のような下品な首狩りは一刀両断するつもりです」
「できるものならやってごらんなさい」
男は空中へ舞い上がり。氷の刃を次々と投げつけてきた。その刃をいとも容易くカナーベルは蹴散らしてしまった。刃の破片が後ろに下がっていたアシュレイのもとへと飛んでくる。
「あ、あぶねー」
アシュレイがその刃を眺めているとだんだんと水になり蒸発していった。
しばらく男は休む間もなく魔法を投げ続けていたが、だんだんと呼吸が荒くなっていったのをカナーベルは見逃さなかった。
「もう、余興はおわりですね、オーバーマジシャン」
「まだまだこんなものではない!出でよゴーレム!」
魔法使いが空中に書いた魔法陣から土でできたゴーレムが召喚されてくると、カナーベルはにやりとした。
「ゴーレムなど戦い慣れているのですよ、私はシーザの人間!」
そして突撃していってヴインランドスレイでコアを狙い、もろくも崩れさるのはあっという間だった、魔法使いはひっと悲鳴を上げて蝙蝠に姿を変え逃げ出してしまった。
「あ!逃げやがった!」
隠れていたアシュレイは、後を追いかけるがもう見失ってしまった。
「ちっ、オーバーはエルキナのダニ。始末しておきたいところでしたが……」
カナーベルはゆっくりと剣を鞘に戻した。
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