エレメンツの帰還
ぞろぞろと現れたエレメンツたちがどんどん帰還していく中でミラルカが残っていた。何か思うように処理された後の紫色の血を眺めていたのである。
一緒に眺めていたアシュレイは不思議に思ってミラルカの方向をちらっと見た。
「あっけなく終わったな、くっそお俺も戦ってみたかったのに」
「ねえアシュレイ、怪物にも家族っているのかな?」
「は?そりゃいるだろ、親がいなけりゃ子供はできないんだし」
「そうだよね……」
ミラルカはなぜこんな事で感傷的になっているのだろう、不思議に思いながら採取した血のはいった小瓶を手で持ち替える。
「帰らなきゃ、書類にハンコおすだけの仕事にね」
そしていつものように笑顔が戻ってアシュレイはほっとした。
普段元気な奴が元気でないと心配してしまう。
「ファティナのこと忘れないであげてね」
「は?何度も言うけど忘れたりしねーよ」
「よかった」
そうして満面の笑みをこぼし、やどり木の杖をしょって走り出していく、その瞬間には姿が消えていた。さすがはエレメンツだ、転移することなど簡単なのだ。
中には箒に乗って帰る連中もいた。
「童話みたいだ」
その様子を眺めながら小瓶を再び見返す。効果があるかどうかはわからないと言っていたが、何もしないよりはマシかもしれない。
すっかり日が暮れる、このままでは風邪をひいてしまう、アシュレイはその場を後にした、クロードが凍らせた水の塊が溶けて紫色に地面を濡らしていた。
ほったて小屋のような宿屋にアシュレイが帰還すると、一階の酒場で食事を取っていたカナーベルがそっと手をあげる。よっと言ってギシギシ音の鳴る椅子に座ると、今にも落ちそうな椅子がガタンと鳴った。
「どうです、フェアリードラゴンだったでしょう」
「師匠の言う通りだったよ、雑魚だった、エレメンツがあっという間に倒しちまったんだ」
「おや、では戦わずに帰ってきたということですね、物足りないですねえ」
そう言ってカナーベルは野菜の山をたらふく食べている。
「ダイエットですか師匠」
「太ってるように見えるとでも?」
「いや野菜なんて青虫くらいしか好きじゃないかと」
「私は野菜が好きなのです!」
そう強く言ってサラダにフォークを突き刺した。それからシーザードレッシングを大量にかけている、確かにダイエットではなさそうだ。エルキナの法律は結構厳しい、アシュレイの年齢では酒を飲むことは禁じられている、アシュレイは結構いける口なのだが、隠れて飲むしかない。
「ノンアルコールビールとパスタと肉いっぱい!」
アシュレイが注文するとウエイトレスが呆れた顔をして注文に行った。
「おまえどこにあの食べ物が入るんです?」
「俺、食べたらすぐ出るんです」
「……健康的ですね、野菜を食べてる私より」
「野菜ばかり食べてるとそのうち脱皮するとか聞きました」
「誰からですか」
「ニナーフォレストっていう男前っす」
「ニナーフォレスト!?」
カナーベルは即座に反応した。そしてイラっとした様子で皿にフォークを突き立てる。
「あいつ、生きているんですか」
「ピンピンしてるだろうって話したところでしたずいぶん会ってないんですけど知ってるんですか」
「ええ、知っていますよあの男装の麗人をね」
「男装?」
アシュレイが拍子抜けした様子で手元に持っていたビールをこぼしそうになった。
「あいつ女だったんですか!」
「気づきませんでした?彼女は深窓の令嬢です、たしか子供のころは普通にお姫様をやっていたのですが、たしか……何等かの事件に遭って以来……」
「詳しいことは知りませんが何かあったのですよ」
どおりで変態変態言われてるわけだ。しかし何があったら深窓の令嬢があんな風になってしまうのか?
「そっか貴族だから詳しいのか」
「そうです」
「貴族といえばしょっちゅう茶会を開いて経済の話題をする印象しかないでしょう」
「いや。俺こう見えて実は……」
そこまでアシュレイが言いかけて口を閉じた。
「宮廷の兵士だったんです」
「へえお前が?小柄なのによく採用されましたね」
何気なくカナーベルが疑問を投げかけるとアシュレイの胸はちくりと痛んだ。
嘘を見破られるのも時間の問題であろう、ニナーフォレストは一瞬で見抜いた。
カナーベルはこのフォークは使いにくいと文句を言いながらサラダと格闘している、疑問を持つ風ではなさそうでほっと胸をなでおろしたところであった。
「宮仕えなら結構博識なほうでしょう、兵士だったのならどこまで詳しいかはわかりませんが……」
「やつらワルツばかり踊りますよね」
「ジャイロなど踊った日には笑われ者でしょうしね」
「ジャイロ?あはは……」
アシュレイが笑っていると注文した皿がどんどん運ばれてくる。大食いなのをすっかり知られているアシュレイはウエイトレスのお姉さんから鼻で笑われた。
「何がおかしい!」
皿を次から次へと空にしていくアシュレイは無限の胃袋の持ち主だ。そんなことを思いながらカナーベルはハーブをまた飲んでいた。この平和なエルキナでは滅多な事件には遭遇することもあるまい、魔物も駆逐され、そこそこの治安が維持されている。シーザでは考えられないことだ。カナーベルはエルキナに住まう人々のことをうらやましく感じていた。
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