対決フェアリードラゴン
「ニナーフォレストか、あいつ元気にしてんの」
「ずいぶん会ってないけど相変わらずなんじゃないかなあ」
女なら子供だろうが老婆だろうが口説きはじめるというあの変態のことを思い出すと、アシュレイは寒気にも似た何かを感じるのであった。しかし実力は確かで、もらった剣は大事に懐にしまってある。
「今日は竜騎士団は来てねーの」
「竜騎士団はアデッソの自治に追われててんてこまいだよ、崩壊したんだもの、犯罪者も牢獄から逃げ出して……あの国が復興するのにはかなり時間がかかりそうね」
そこまで言ってリトルコールティンは暗い影を落とした。
「間違ってなかったよな」
アシュレイは何かを確かめるように聞いた。アデッソを滅ぼしたのは俺たちだ。
「うん、たぶんね。あの国もきっとよくなるよ、何といってもエルキナが何とかするんだもの」
そういって笑顔になった。リトルコールティンはあまり表情を変えない暗い奴だったが、エレメンツの仕事に専念するうちにずいぶん変わったようであった。
アシュレイは久しぶりに会ったリトルコールティンが、ずいぶん大人びていたのを目撃していて自分が成長しているかどうか不安になった。
「すっかり逞しくなったね!」
「え?そう?」
知らない間に筋肉がついたのかもしれない。
「なんだか精悍な顔つきになってるよ、前とは大違い」
「そ、そうだリトル、俺、ヴィンランドスレイ杯で優勝したんだ、王に片膝つく機会はなかったけど、きっとそのうちその機会がやってくるって信じてる!」
「うん、アシュレイは武勲をあげたいんだものね」
ニコニコとしながらその話を聞くリトルコールティンの姿はアシュレイの目には輝かしく見えていた。クロードに仕えているという自信がそうさせるのかもしれない。今では自分もシーザの騎士の弟子のひとりだ、見劣りはしないはずだ。
「そうだ、アシュレイお勉強は進んでる?」
「エルキナ語はばっちり頭に入ったよお前のくれた辞書ほとんど覚えた」
「さすがね」
そこまで言ってリトルコールティンは同僚に呼ばれた。はいと軽く返事をし、手を振った。今度はいつ会えるかわからない。
「また会おうな!」
「うん、いつでも王都に来て!普段書類の整理してるから!」
よく笑うようになった。最初に会ったときはこの世は地獄であるかのような表情をした、痩せっぽちの悲しい瞳をした女の子だったのに。
でもアシュレイはそんなリトルコールティンのことが好きだった。もう昔のことは覚えていなくても……でも、忘れられている理由には心当たりがあった。過去のことはもう捨てたのだから。
「そうだ、ドラゴンの血を持って帰らないといけないんだった!」
思い出してよかった、そうしてエレメンツたちの姿を追いかける。よく見るとミラルカの姿もある、そういえばあいつもエレメンツだった。
「よく会うね!アシュレイ!ファティナのこと忘れてない?」
走りながらミラルカが笑顔を振りまく。
「別に忘れてねーよ、そんなことよりお前も来てたのか」
「エレメンツはたまに忙しいからね、ほんとたまにだけど」
「なんかやらかした奴がいたんだろ、大丈夫なのかよクレリアフォルセリアって」
「滅多に事件なんか起きないんだけどねーところで何の用?駆除はエレメンツがやるよ」
「ドラゴンの血をもらって帰らねーといけないんだよ」
「敵はドラゴンじゃないよ、フェアリー」
「妖精?」
「うん、姿はドラゴンに似てるんだけど、低級の妖精だよ、多分血を飲んでもそんなに……」
「それでもやらなくちゃならないんだ!」
「へえ、そうなんだ、誰かから頼まれたの?」
ミラルカが興味津々な様子で話しかける。
「ヒーローになる予定なんだから、困ってる人がいたら助けなくちゃな」
それを聞いたミラルカが笑い転げ始めたので何がおかしいと言ってアシュレイは怒り出した。ミラルカは笑いをこらえきれず、口元を手で覆いながら走っていく。
師匠が雑魚だといったのは本当だ、シーザでは本当に怪物がそこら中を歩いているのだ。
「フェアリーは低級妖精だけど火を噴くよ、慣れてないと危険だから遠くから眺めていたほうがいいかも」
「誰が眺めてるもんか!」
フェアリードラゴンは空中をわが物顔しながら漂っている。思ったより体が大きくない。そしてドラゴンと名前がついているだけの妖精なのは、あまり怪物を見たことがないアシュレイにもすぐにわかった。
「降りてくる気配はなさそうだ」
クロードがまぶしく空を見上げる、日は高く昇っていた。
「しかしこんな低級モンスターに全員招集がかかるなんて、ちょっとエルキナも敏感になっているんですかね」
エレメンツの一人がそうつぶやくとクロードが油断するなと言って注意を向ける。
「私がやってもいいが……」
クロードが空を飛ぶ怪物フェアリードラゴンを見上げながら言うと、エレメンツの一人、ベナンがその言葉を聞いて話しかける。
「ここは俺にまかせてもらえませんか」
「お前はサマナーじゃないのか」
「飛んでいる今なら魔法陣が描けます、新しい召喚獣の威力を見てみたい」
そう言っておもむろにバッグから白いチョークを取り出し、乾いた地面に魔法陣を書き始める、悪魔の紋章、六芒星、そして12星座を現すマーク、古代数字の幾何学的な紋章。円形の完璧な魔法陣を書くことができたベナンは空を見上げる、降りてくる気配はない。
「いでよ!メフィストフェレスの柱が一人、悪魔シャックス!」
魔法陣の中に煙が立ち込めると、魔界からシャックスと呼ばれた悪魔が参上した。
「シャックスか、意識が持つかな」
「ベナンのことですから大丈夫だとは思いますが」
それぞれ取り囲んでいるエレメンツたちが感想をのべると、シャックスはフェアリードラゴンのほうへと飛んで行った。
「こらー!降りてこねーと剣が当たらねーじゃねーか!」
「し、静かに」
エレメンツの一人から注意を促されると、アシュレイはイライラした。
怪物と戦うチャンスだったのをみすみす逃したのが気に入らなかったのである。
「集中が途切れると暴走するの、危険だから下がって」
リトルコールティンがアシュレイに注意を向ける。
「くっそお、空さえ飛んでなけりゃ」
怒り狂ったフェアリードラゴンがシャックスに向けて火を吹き始めた、シャックスはそれをものともせず、2枚の翼でフェアリードラゴンを叩きつけた、さらに怒り狂うフェアリードラゴンの火力は限界に来ている、しかしベナンの集中力がそこで途切れた、シャックスの暴走が始まってしまう。
「まずい……」
慣れない召喚獣を出したせいで疲労困憊となったベナンがきっと空中を睨みつけて再び正気を取り戻す、意味不明な行動を始めたシャックスの行動は元に戻った。そしてシャックスは何らかの呪文の詠唱を始めた。
「来るな、ブレスが」
シャックスの氷のブレスがフェアリードラゴンの小柄な体に命中する、ギャアアと断末魔が聞こえた、そしてフラフラとなりながらドラゴンの火はそこで尽きた。
地面にフェアリードラゴンが落下してくる。
「とどめは私が刺そう」
1分と足らず詠唱を終え、クロードの両手から氷の刃がフェアリードラゴンの急所を直撃すると落ちてきたドラゴンは再び叫び声をあげた。
騒がせたわりにはあっけない最後である。
「さあ、後始末を」
エレメンツたちがドラゴンの後始末に入る、その間に入ってアシュレイは血を取ろうとした。その血は紫色をしていて、このドラゴンがこの世のものではないことを示していた。硝子の小瓶に丁寧に血を採取すると、戦ってみたかったなと思わず呟いた。
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