モンスター襲撃

カナーベルと二人で簡素な宿屋の前までくるとアシュレイの腹がすかさず鳴った、そういえば朝からずっと歩きどおしで何も食べていない。その音を聞いたカナーベルはやれやれといった様子で方向を変え、レストランの方向へと歩き出した。

やっと腹に何か入れられる!喜んだのは一瞬であった。


「は?ドレスコード?」


「当店では正装でないと入店できません」


スーツのカナーベルはともかくアシュレイは入店を断わられた。思わず看板を足で蹴るとなにをなさるんですか!と店員が慌てふためく。


「では酒場にしましょう、やれやれ気取った店だ、こんな田舎町のくせに……」


カナーベルが珍しく文句を言うとイライラしたアシュレイがよろめいてつまづく。

早速腹のたしになるものを注文しなくては。やすそうな襤褸机に座り、適当に注文し始めると、アシュレイは食べきれそうもない量を注文していた。


「おまえ、食欲旺盛だからって」


「俺、大食い大会でも優勝したことあるっす」


しずしずと品よく食べるカナーベルは机ごと食べる勢いで皿にむしゃぶりつくアシュレイの様子を呆れて見ていた。これでたいらげたのは4皿目だ。とっくに食事がすんだカナーベルは胃にやさしいハーブを飲んでいた。


「師匠はアルコールはやらないんっすか」


「勧められれば飲みますけどね、自分からは飲みませんよ」


「俺はアルコールもいけるっす、でも未成年だから怒られる」


「エルキナではその辺、緩そうですけどね」


「まさか」



そこまで言ってアシュレイの皿は7皿目に突入しようとしていた。その時隣に座っていた男たちが血気盛んに勢いづいて何かをまくしたてるように喋っているのが嫌でも耳に入ってきた。


「クレリアフォルセリアからモンスターが逃げ出したって噂、本当らしいぜ」


「エレメンツが何とかするだろ、いつものように」


「ところがエレメンツの手におえないってんで酒場にも情報提供を呼び掛けるチラシが貼り付けられてるんだぜ」


フォークを置いて、二人ともそのチラシを見に行くことにした。


「先日逃げ出したモンスターの情報を求む、有力な情報には金貨をいくらでもはずむとのこと」


そこまで読んでカナーベルはふうとため息をついた。


「なるほど、まだモンスターがなにかもわからない状態なのですね」


「俺たちの手にかかれば怪物なんてどんな強力なやつでもいちころだ!」


「お前は人間以外と戦ったことないでしょう」


見たことも聞いたこともない怪物を相手にしてみたい。わくわくがアシュレイの中で止まらなかった。怪物の恐ろしさを知らないのですねと一言言ってカナーベルは部屋の鍵を右手で回しながら2階に上がった、そろそろ寝る時間だ。氷の都では夜が更けるとすっかり真冬並みの寒さになる、だから暖炉の火はずっと消えておらず、ランタンの火もずっと消えない。その油を捻出する国と戦争していたというのだからかなりの大人の事情が含まれていて、今ではその国は滅んでしまったのだが、噂ではエルキナにゆかりのある縁者が国を継いで復興に尽力しているとのことであった。

しかしアシュレイにとってはそんなことどうでもいい、先の戦争であまり活躍できず、ほとんどの功績をエレメンツたちに持っていかれたことが悔しかったのである。だから絶対に王に膝まづく機会が欲しい。そんなことを考えながらチラシに目を配っていると誰かから急に話しかけられた。


「なあ、あんた、ヴィンランドスレイで優勝した奴じゃないのか!?」


やつれた男が近づいてくる。


「あの時俺は観客席にいたんだ、間違いない……」


ぽかんとした様子でアシュレイが話を聞いていると、男はつづけた。


「あんたを見込んで頼みがある、うちの娘を助けてやってくれないか!」


「は?」


アシュレイはモンスターを退治することにわくわくしていたところに急に降ってわいたしょうもない頼み事を聞くのかとげんなりした。


「娘は病気なんだ、怪物の生き血を飲めば助かるかもしれないと医者に言われた、どうかそのモンスターを退治してその生き血を持って帰ってくれないか」


「なんだ、そんなことか、それなら俺が退治する予定だからお安い御用だ」


相変わらず何の根拠もない自信に満ち溢れた様子ででかい口をたたくアシュレイはそのうち痛い目に遭うだろう。まだ2階に上がっていなかったカナーベルはそんなことを思いながらその場をあとにした。まだ戦う相手が何者かがわかっていない、クレリアフォルセリアのことだ、何を召喚したのかわからないのである。あそこでは既に滅んだ怪物の召喚も頻繁にやっている。だからハイランドとは険悪な仲で下手をすると戦争にもなりかねない状況である。


「シーザにもいないドラゴンなどが相手かもしれませんね、覚悟しておいてください」


それだけ言ってカナーベルは眠りについた。もう襲うことはなさそうだと知ってカナーベルは相部屋を取っていた。眠りについたカナーベルの後を追うようにアシュレイも眠りについた。わくわくが止まらない。眠りつけないアシュレイは歌を唄った。信じられないアルトである。カナーベルは嫁ぐ乙女の歌を子守唄にしながらより深い眠りについた。

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