城を出て
アシュレイに殴られて血が出た唇を右手で拭いながらカナーベルは足取りを早めた。このエルキナで怪物が出たら大変な騒ぎになるに違いない。しかしカナーベルにとってそんなことはどうでもいいことであった。ただ血気盛んなこの腕が、戦いを求めてうずうずしているだけにしか過ぎなかった。アシュレイは荷物をもって不機嫌な様子で後ろをついてくる、まく気はもう起きなかった。
「師匠、よかったんですか、ホモだと思われたままで」
「誰のせいですか!」
怒りにまかせてカナーベルが剣の鞘に手をかけるとアシュレイがケラケラ笑って後ろに下がった。
「まあいいでしょう、今後世話になることはないでしょうし……」
そう言って鞘から手を離し、ふうとため息をひとつ漏らして呼吸を整えた。
「ところで師匠には婚約者っていないんすか」
「いましたが破談になりました」
「ええ!?」
「一生独り身でも構いません」
こんな奴だ、破談になってもおかしくない、変に納得しながらアシュレイがついていくとカナーベルがおもむろに振り返った。
「おまえこそファティナ姫とはどのような関係です」
「期待するような話はできそうもない関係にしかすぎねーよ」
「うまくいけば逆玉ではありませんか?」
「俺には好きな奴がいるんだよ」
「お前に?」
意外だと一言いってカナーベルはそれ以上は聞かなかった。このままこいばなが続けばなんだか気持ち悪いことになりそうだったのでアシュレイはほっと胸をなでおろしたところであった。ところで逃げ出した怪物というのは何なのだろう、怪物というものを見たことも聞いたこともないアシュレイは、興味津々であった。
「師匠、ドラゴンって強いんすか」
「そうですね……千差万別ですよ個体差がありますしね」
「強そうなのはたしかっすね、戦ってみたいっス」
いつかシーザに行ってみたい。まだまだ未経験なアシュレイはそう思うのだった。
それにしても広大なエルキナだ、世界一の面積を誇るこのエルキナでどうやって一匹の魔物を探し出すのであろうか。いろいろ疑問が残ったままでアシュレイは荷物を持ち替えた。そして気づいていた、何者かが周囲を取り囲んでいる。カナーベルもとうに気づいていた様子で鞘に手をかけて足を止めていた。
「おっと動くなよ、有り金全部置いていきな俺らは容赦しな……」
悪役のセリフを最後まで聞かずアシュレイは自慢のブロードソードで持っていた獲物を弾き飛ばしていた。
「盗賊ですね、こちらこそ容赦などしない、私が何者か知らなかったことを後悔するがいい」
取り囲んでいた4人の男はそれぞれ切りかかってきたが、それを身軽にかわしてカナーベルは心臓を一突きした。男の一人がパタリと倒れる、うわあ!と言って他の3人は散り散りになっていった。
「殺すな!」
アシュレイが真っ青になって注意を向けると、カナーベルは不敵に微笑んで男の胸から剣を引き抜きその血を拭いていた。そうなのだ、カナーベルはいともたやすく人を殺す。
「盗賊など剣の錆にすることも惜しい」
死んだ盗賊の体を転がしながら軽快に笑っているカナーベルは心底狂ってやがる。そんなことを思いながら自分が吹き飛ばした盗賊の親玉の剣を拾いに行った。
「なんだ、こんなしょぼい剣で……なめられたもんだなあ」
錆びついたその剣はかなり使い込まれた年代物であった。
「売ったら金になるかな」
「錆びた剣など買い取ってくれるところはありませんよ、さあ急ぎましょう」
アシュレイがふとカナーベルの持っている剣の方角を見ると、その剣は如何にも高そうな上等なものなのが素人目にもわかった。
「師匠の持ってる剣って名刀なんすか」
「これはヴィンランドスレイという名のシーザで打たれた刀です、そうヴィンランドスレイ、おまえの優勝したあの大会に名付けられた……ね」
「え、何か由来のある?」
「そうですね、暇があれば教えますよ」
今暇なのではないかと思ったがアシュレイは後をついていった。氷の国エルキナでは夕方近くになるとすっかり冷え込む、夏でもだ。アシュレイが思わずくしゃみをすると町の明かりが見え始めていた。
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