黒い烏の騎士カナーベル

「ふう」


黒い烏の騎士の少年は、重たいかぶとをはずして髪の毛をさらした。

端正なマスクが印象深いこの美少年をカナーベルといった。

いつでも物憂げで、少年はつつしみ深かったが、貴族であるためか慈悲にあまり向いていなかった。エリメルから事情を直接聞いたわけではなかったが、このエルキナから遠い国シーザまで噂が及んでいた、彼女がヴィンランドスレイ杯の景品になったことが囁かれていたのである。

傾国の美女と噂されるエリメルが相手なら、この国からも出場したい人間がいくらかはいたのである。しかしカナーベルは知っていた、これがすべて茶番であることを。

いやしくも親戚で、聞きたくもない噂にすぎなかったがこの計画を台無しにしてやることを目的として国を出てきてそのもくろみは見事に成功した。

エリメルの涙をみるはめになってしまったのでカナーベルは胸焼けがするようで

静かに手で顔を仰いだ。


「見つけたぞ!」


「は?」


突然切りかかってきたのがさっき相手をした少年だったのに気づくまで一寸時間がかかった。


「お前!いつから私の後を追っていたのです!」


「お前じゃない!オレはアシュレイ・カルティエ!カートン村の勇者だ!」


「か、かあとん村?」


カナーベルは拍子抜けして、鞘から剣を抜くのを忘れ、防御するので精一杯だった。


「勝負をつけにきたんだ!勝利を譲ってもらういわれはないからな!」


「待ちなさい!油断している隙に切り込んでくるなんて卑怯者ですよ!」


「あんただって卑怯者だ!強力な武器や力を持って、あの闘技場にいたやつらを殺して回ったんだろ!」


「卑怯だとは思いません、わたしの剣の錆びになったことは名誉あることです」


「あいつらにだって!母ちゃんや妹がいるのに!」


「ほう、お前は名誉欲にとりつかれ、醜態を晒した男共を庇うつもりですか?」


剣の鞘で防御していたカナーベルはきっとアシュレイの瞳を真っ直ぐに見つめた。

その瞬間には抜刀され、アシュレイの頬を刃物が掠めた。


「私は人を殺すことなぞなんとも思わないのです、アシュレイお前のこともね。

でもお前を傷つける気はありません、今すぐ剣をしまうのです、そうすれば見逃してやりましょう」


「情けをかけてもらう筋合いなんかない!」


アシュレイの剣先が、カナーベルの腕を掠めた。

はっとしてカナーベルは血のでた方向に気を取られたが、その瞬間にはアシュレイの喉に剣先が伸びていた。


「どうします?」


「くっ」


「私に怪我をさせたのはお前と私の先生だけですよ、私はほぼ無敵なのです、

言ったはずです、諦めて引き返しなさい」


「いやだね、俺は諦めるつもりなんかない!」


アシュレイは剣先からあっという間に逃れた。


「ちっ」


カナーベルは舌打ちをし、そのまま背を向けて立ち去ろうとした。


「どこまでも追ってやるぞ!」


アシュレイは血気盛んになり、剣を高く上げてカナーベルのあとを追った。


「やれやれ、ろくでもないことになってしまった」


カナーベルはアシュレイをまこうと、森のほうへと移動していった。


背後からアシュレイが追い続ける。早足になり、カナーベルはあっという間にアシュレイの早足をかわした。湧き水の出る場所まできて、アシュレイがもう追いかけてこないことを確認すると、カナーベルは胸を撫で下ろし、そこに腰をおろした。

しかし、休息する暇もなくアシュレイが姿をみせるのであった。


「しつこい!わたしの気が変わらないうちにさっさと立ち去るのです!」


「誰が諦めるもんか!」


アシュレイは剣を抜き、カナーベルとの打ち合いが始まった。

しかし5分と持たず、アシュレイは剣を飛ばされてしまった。


「さあ、試合は終了です、さっきもいいましたが…」


カナーベルが言葉を続けようとすると、アシュレイは黙ってうつむきながら何かを口にした。


「つええ」


当然でしょうとばかりにカナーベルは剣を鞘に収めた。


「負けた。こんな強いやつ、今まで見たことも聞いたこともない!」


「は?」


剣を拾いにもいかず、アシュレイはカナーベルの足元に跪いた。


「あんた名のある騎士なんだろ、そうなんだろ!俺もこれからそうなる予定なんだ!あんたのその強さを見込んで頼みがある!俺をあんたの弟子にしてくれ!」


「なんですって」


カナーベルは固まってしまい、拍子が抜けしばらく呆然とアシュレイを眺めていた。


「私は弟子など取りません、他をあたりなさい」


「今から師匠とよばせてもらうぜ!よろしくお願いします師匠!」


カナーベルの言葉や都合を全然聞こうとしないアシュレイをあきれてしばらくカナーベルは見つめていたが、ダッシュでその場から立ち去ってしまった。


「師匠!俺を置いていかないでください!」


アシュレイを無視し、早足でカナーベルはその森から抜けた。しかしアシュレイはいつまでたってもついてくるのであった。


「ちっ面倒なことになってしまった」


カナーベルがいくら後悔してももう遅い。アシュレイはいつまで経っても追いかけてくるのである。


「わかりました」


そういってアシュレイの方向を向き、カナーベルは弟子として認めてやると言い放った。


「やったー!」


「弟子として認めてやるのであのがけの上に咲いている花を一輪持って帰ってください」


「は?がけ?」


アシュレイが見上げるとそこには勾配の急な崖があり、その頂上に綺麗な百合が咲いているのであった。


「やってやる!」

アシュレイは一生懸命崖をのぼり、ついに百合を手にした。しかし戻ってくるころには誰もいなくなっていた。


パカランパカラン 馬のひづめの音がする。

一人の騎士がカナーベルを追ってきたのである。


「カナーベル様!おや、何か良いことでも?」


「ああ、さっき妙な男をまいて」


カナーベルが馬を良く見ると、百合の花をもったアシュレイが後ろに座っているのであった。


「さきほど、とおりすがったらあなたの名前を呼びながら泣いている子供がいたので保護したのです」


「おぼえていろルース!」

ルースと呼ばれた少年は事情を聞いて笑い出した。

「は?まいたんですか?荷物持ちなどさせるにはちょうどいいじゃありませんか」


「誰が!」


「アシュレイといいましたね、カナーベル様の身の世話をするというのなら付き人として同行していただけませんか!」


「付き人じゃない弟子だ!」


「弟子?」


ルースは鼻で笑って耳元で囁いた


「荷物持ちですよ」


「違う!弟子だ!」






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