ヴィンランドスレイ杯1

「きゃー!アシュレイ様の一人勝ちです!」

「あの子、口先ばっかりじゃないんだ、本当に強いのね」


奇形のような大男を打ちのめしたアシュレイは、5戦目を勝ち抜いていた。

モーニングスターを振り回すその大男は、身軽なアシュレイを捕まえられず、

膝をついた瞬間、背中を取られていた。


ファティナは興奮してその様子を観察していたが、隣でおこってる騒ぎについてそのときまだ知らなかった。


「ファティナ様ちょっと」


「え、はい」


ファイティナのお供がファティナを呼びつけた。


「なんですって」


「あまりに強すぎる黒い烏の男が、対戦した相手の首を刈っているのです、ルール違反ではありませんが、異常な事態に困惑してどうすることもできません」


既に5人目の首を切り落としたその細身の騎士は、生首の髪の毛を持って不気味に微笑んでいた。


周囲からは歓声と悲鳴とが同時に聞こえている。


「すぐに失格にすべきですわ!」


「試合は始まってしまったのですよ?」


「アシュレイ・・・!」


アシュレイの名を叫んで、ファティナは警告に行こうとした。

多くの歓声を浴びたアシュレイは有頂天になってぶんぶん剣を振り回してマウントした。その歓声に紛れ込んで、女性の悲鳴が聞こえる。

返り血を浴びた烏の騎士が次の相手だった。


「こいつか・・・」



二人が向かい合って剣を抜くと、凄まじい抜刀術でアシュレイのブロードソードとぶつかった。


「見ればまだ子供、エリメルと結婚したくて来たような感じはいっさしませんが、なぜ?」

「オレは英雄になる、武勲を立てて褒美をもらうんだ、エリメルのことは知らなかった」


凄まじい剣と剣のぶつかりあいをはらはらとしながらファティナは眺めていた。


「やめてください!アシュレイを殺さないで!」


そう遠くから叫ぶ声がした。


「英雄になる・・・か、そうですね。でも英雄とは過去の人、後世に残る人はあっけなく死んでしまった人ばかり。あなたの武勇伝もここで終わりですよ。

どうです、あなたはまだまだ初心者です、スジはいいですけどね、あなたがエリメルと結婚したくて来たのではないという言葉を信じることにして、あなたに話したいことがあります」


騎士は打ち合いから突然後ろに下がって剣を鞘に収めた。


「この戦いは無意味です、なぜならこの国の王女エリメルはプロポーズを必ず断ることになっているのです」


「なんだって?」


「この戦いを勝ち抜くような無法者なんて、結婚なんかできない。

私には婚約者だと決めた人がいる。そう言って婚約が決まるまでの茶番なのです」


「・・・・・」


「あの女?」


「大臣のさしがねでしょう、どっちにしても国民がバカにされていることには変わりない、

それならば私がプロポーズを断ってあげたほうがよいでしょう、計画を台無しにしようと思いましてね

そう思って参加したのです」


「あんたなんでそんなことと知って・・」


「私の代わりにエリメルに言ってやってください」


騎士は背中を見せて、歩いて場外に出て失格となった。


たしかエリメルは、結婚させられるだけだ。

悲しげなこの国の美姫は、政治的に利用されるだけなのだ。


やがて歓声があがってアシュレイは優勝した。

このような名誉を受けたのはおそらく始めてだった。

優勝のトロフィーと冠を授けられ、

アシュレイはいよいよエリメルの登場を待つことになった。


エリメルは裾をつまんで、この世のものとは思えない美しさでその血塗られた闘技場に現れた。コツコツとぎこちなく歩くのはピンヒールのせいで、それでも美しく咲き誇っていた。


「優勝おめでとうございます」


そういって王女からキスをうけ、アシュレイはすこし照れた。


さあ、いよいよプロポーズのときである。


プロポーズをするために膝を床につけるでもなく、アシュレイは毅然とした態度で姫を見上げていた。観客がざわざわと騒ぎ始める。


「なぜ、膝を折らないのですか?」


「姫、オレは結婚なんかしません!」


演説を始めるようにゆっくりと大声で宣言した。


「姫はこのままでいいんですか!こんな猛者の集まる大会の景品になって悔しくないんですか!」


そんなことを言い始めたので、関係者がざわつき始めた。

婚約をするはずだった男が客席から立ち上がった。


「あの野郎!何をいいはじめるのか!」


「無礼者!頭を下げなさい!」


紅潮した王女の頬の下についている唇から、怒声が響いた、それでもアシュレイは続けた。


「姫はこんな茶番に参加するような人間じゃないはずでしょう!」


「・・・」


エリメルはうつむいて、黙ってアシュレイの言葉に耳を傾けていた。


「どういうことです」


ファティナがぽかんとしてその光景を見ていると遂に王女は泣き出し、

番狂わせがおきたのを関係者が必死で止めようとした。


「姫には心に決めた人がいるんでしょう!」


さめざめと泣くエリメルは小さく頷いたようだった。

アシュレイはその場から退場になり、黒服の男たちに場外へと追い出された。


「なんだって婚約がだいなしだ!」

「あの野郎!生き恥をかかせやがって!」


黒騎士の少年は側で見ていてこの大混乱の中、観客から暴動が起きたのを横目で見て

くすりともせず立ち去った。




少年は途中でファティナとすれ違った。


がんじがらめになったアシュレイは、ファティナの声で開放されることになった。


「私が頼んだのです、エリメルのことを思って」


「ファティナ様、こんな小僧を庇って」


「小僧なんかじゃありませんわ」


開放されたアシュレイはファティナに礼も言わずにこの会場から姿を消していた。

トロフィーや、冠がその場に残されて、無残な有様だった。でも賞金だけはちゃっかり姿を消していた。


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