3-13 お昼メンバー



 アイスを買って帰って、きっと二人の機嫌は悪くなっていると予想していたのだけれど、そんなこともなかった。すごい勢いで責められるんだろうなあと思っていたから拍子抜けしたくらいだ。

 しんのアイスはやっぱりクッキーサンドで、一口もらったらとてもおいしかった。でも、シャーベットも爽やかで今日の暑さにはぴったりだった。

 僕たちはなんとか長蛇の列に耐え、一番前に僕と心、二番目にこいずみ彼女きくもとという組み合わせでジェットコースターに乗り込んだ。最後の列には知らないカップルがいた。

 彼はずっと彼女の隣を占領することに成功している。なぜなら、やたらと心が僕の隣にいるからだ。まるで片時も離れない。その結果、彼女は僕に近づきたくても近づけないのだった。


「うはははははは、いとしくんめっちゃ濡れてるじゃん!」



 ――予想外だった。


 濡れるとは聞いていたけれど、このレベルで濡れるなんて思ってもみなかった。ポロシャツの色が水のせいで変色するくらい濡れた。髪の毛はぐしょぐしょだ。照りつける太陽のおかげできっと早く乾くだろうけど、僕が濡れていて隣に座っていた心が濡れていないことは腑に落ちない。


「俺はとっさに身をかがめたからさ、小泉先輩に全部かかったみたい」


 心が舌を出しながらおどけた顔をした。確かに彼を見ると、顔が濡れている。


「お前なあ~~!」

「すいませ~ん」


 彼が笑うと、心も楽しそうに笑った。

 心が僕が想像していた以上に楽しんでいて、少しだけ来てよかったという気持ちになる。


「あーお腹ぺこぺこ!」

「行こうか」


 並んでいた間に、次はお昼を食べようと計画していた。少し時間をずらしたから昼と呼ぶには遅いけれど、その分人がいなくていいだろう。

 僕たちは目星をつけていたサンドウィッチなどの軽食を打っているレストランに入って、席をなんとか探し出してそこに座った。



「やっぱりこの時間でも混んでるんだね」

「暑いからな」


 席を探すのにも一苦労、そして買うのにも一苦労。こんなに人っているんだ、と思うほど人がいる。日々人と関わることを避けている僕にとって、なかなかに酷な環境だ。

 丸一日他人と行動を共にすることもなかなかないので、まだ午前中だというのにも関わらず、僕は疲れ切っていた。


「じゃあ、俺と菊本で先に買いに行くか」

「行ってらっしゃーい」


 心がひらひらと手を振ると、彼女は不満そうな表情をしながらも彼に着いて行った。


「愛くん、大丈夫? ちょっと疲れたよね?」

「うん、少しだけ」


 僕は自分の腕を見た。いつも外に出ることを避けている僕の腕は、心のそれと違ってかぎりなく白い。日焼け止めを塗って来たけれど、やっぱり少し焼けていた。


「あ、メニュー送られてきたよ。何にしようか」


 “お昼メンバー”と勝手に名づけられたグループトークに、彼女が同じようにメニューの写真を載せた。ハンバーガーやサンドウィッチがあった。


「俺はこのセットにしようかな。照り焼きハンバーガーのやつ」

「僕はサンドウィッチのセット」

「飲み物は?」

「コーラ」

「わかった。俺、やっぱり一緒に買ってもらうことにするよ。並ぶの大変だろうし。愛くんは座ってて!」


 そう言うと心は、財布とスマートフォンだけを持って、レジの方へと行ってしまった。





***





 お昼を食べ終えて、僕たちは次なるアトラクションの入口まで来ていた。彼女が行きたいと提案した巨大迷路だった。このアトラクションは人気がないのか、あまり並ばなくて済んだのはとてもありがたかった。


「私、次は愛くんと周るから!」

「いや、俺が愛くんと周るんです! 菊本先輩は小泉先輩と周ってください!」

「ずーっと心くんじゃん! 私も愛くんと少しは楽しみたいの!」


 この迷路は、基本三人までで周らなければいけないらしく、僕たちが二人ずつに別れなければいけないのは自然な流れだった。

 なぜか僕は今、腕を二人に引っ張られているわけだけれど。


「嫌です」

「私も嫌だ」


 腕を掴まれていたら、僕の口は封じられたことと同じだ。首から下がっているスマートフォンに手を伸ばすことは叶わない。


「……いいんじゃないか。心、たまには菊本の願いも聞いてやれよ。今までずっと俺と乗ってたんだし」


 最初に折れたのは、心優しい彼だった。結局自分の欲望ではなく彼女のためを思って発言する彼は、誰よりも彼女のことを考えていると思う。お願いだからそのことに早く気が付いてほしい。彼女はきっと、彼と一緒にいれば誰よりも幸せでいられると思う。


「ほら! 小泉くんもそう言ってるし! いいじゃん、ね!」

「……わかりましたよっ」


 心はしぶしぶそう言って、僕から離れた。

 僕の意見なんて何もないけれど、彼と心がそう言うなら仕方がない。


「じゃあ行こう! 愛くん!」


 係員の人が僕たちの入場を促すと、彼女は嬉しそうにそう言って、意気揚々と迷路の中へ突き進んだ。

 最初の部屋に入ると、中は一面鏡張りだった。何本かの道が部屋から別れている。


「愛くん、楽しい?」


 彼女は、僕に質問を投げかけた。


「悪くはないよ」

「そっか」


 彼女はふふふ、と笑った。





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