3-12 知りたい衝動



「おっはよー!」


 待ち合わせをした中間の駅へ行くと、僕としんが着くよりも前に彼女きくもとが到着していた。

 短いズボンを履いて、惜しげもなく足を晒している。涼しそうだ。僕はいつものスニーカーにジーパン、そして心が選んで買ってきたポロシャツ。特に僕は服装にこだわりはないから、センスのいい心に全て任せきっている。



「おはようございます」

「おはよう」

いとしくんのポロシャツ、似合ってるね~!」

「でしょ! 俺が選んだんですよ」

「そうなんだ~」


 心が彼女を本当に嫌いになれないのはきっと、彼女のこういうところのせいなんだと思う。ふとした時に、一番欲しい言葉を見抜いてそれを言ってくる。そして知らない間に彼女は人の懐に入っているのだ。

 その証拠に、心は気づいてもらって嬉しそうだった。


「楽しみだね」


 彼女が僕に微笑みを向ける。僕はただ頷いて、彼を探して視線を人混みへ向けた。


「あ、あれじゃない?」

「どれ?」

「あの赤いTシャツの人」

「違いますよ、小泉こいずみ先輩はもう少しガタイがいいです」


 彼女の目は見えていないのか、とでもいうくらい、赤いTシャツを着た男の人とこいずみは似ていなかった。




「よっ」

「うわ」


 何度か彼女と心があっちの人かな?そっちかな?なんて話をしていたら、彼は僕たちが予想もしてなかった方向からやってきて、僕たちを驚かせたのだった。




 ***




「……暑い」


 ぼそっと彼が呟いた。

 暑いことなんて、予想していたことだろう。でも、彼がそう呟いてしまうのも理解できるくらい今日は暑かった。

 リュックの中に入れてきた凍らせたお茶は、すでに半分なくなっている。

 そして夏休みだからか、かなりの人だった。彼の持ってきた招待券についていたチケットのおかげで、僕たちはいくつかのアトラクションをほぼ待たずに乗ることができたが、そのチケットももうなくなってしまったから、この長い列に並んでいるのだ。

 今並んでいるのは、ジェットコースターで、最後に落ちるときに水が掛かるというものだった。みんなで話して、暑いからこのジェットコースターにしようということになったのだ。

 同じことを考えている人たちは多いらしく、40分ほど並ばなければいけないが、他の乗り物も同じくらい並ぶのでしょうがないだろうという話になった。


「アイス、食べたいね」

「いいね!」

「食うか」


 彼女が言った言葉に、みんなそれぞれ反応した。僕も同意の意味を込めて強く頷いた。



「じゃあ私、何アイスがあるか見てくるよ! 愛くん、行こう!」


 彼女はそう言うと僕の意見なんて何も聞かずに僕の手を取って、列から颯爽と抜け出した。残された二人の方を見ていると、口を開けてぽかんとこちらを見ている。心に至っては、文句を言うのも忘れている。

 近くにあったアイススタンドまで行くと、そこにも列があった。



「ちょっと写真撮ってくるから、愛くんは並んでて!」


 僕は長い列の最後尾に加わり、彼女はスタンドの方へ駆けていく。

 彼女はそのメニューを写真に収めて、いつの間にか作られていたグループチャットにその写真を載せた。僕もスマートフォンでその写真を確認する。メニューを見ると、オレンジとラムネ味のシャーベット風のアイスと、カップのバニラアイス、そしてクッキーにサンドされたカスタード風味のアイスがあった。

 オレンジとクッキーサンド、という簡潔なメッセージが彼から返って来た。


「愛くんはどれにする?」


 帰って来た彼女が、僕の隣に並んでそう尋ねた。

 暑いからシャーベットもいいな、と思いつつ、やっぱりクッキーのアイスもなかなか捨てがたい。

 んー、と悩んでいたら、彼女はふふふと小さく笑った。


「やっぱりアイスになると決まらないんだね」

「決めたよ」

「なに?」

「ラムネのシャーベット」

「あ、同じだ。クッキーじゃないんだね」

「多分心がクッキーサンドだから、一口もらえると思って」

「わかるの?」


 メッセージは彼から発信されていたけれど、なんとなく僕は心がクッキーサンドを選んだのだろうと予想していた。


「心、好きなんだ。このアイス」


 僕の記憶の片隅に、小さい頃心とこのアイスを食べた思い出があった。4人で、肩を並べて。それに、心はクッキー系のアイスが好きだから、きっとこれを選ぶと思った。兄弟のカンだ。


「いいね、仲良しで」


 そう言われて、僕はふと彼女には姉妹がいるのだろうか、と疑問に思った。

 僕は、あまり彼女のことを知らない。知っていることは、やたらと僕につっかかってくる変なクラスメイトだということ。病院におばあさんがいること。ダンスを過去にしていたこと。読書が好きなこと。それくらいだ。

 食べ物は何が好きなのか、誕生日はいつなのか、家族は何人いるのか。何も知らない。

 この日、僕は彼女のことを何も知らない僕に、初めて疑問を持った。ここ数年は相手のことを知ろうとすらしなかった僕が、その状況にもはや疑問すら抱かなかった僕が、だ。

 僕は僕が思っていたよりずっと、影響されているらしかった。

 そして、僕が疑問を投げかけようとしたら、丁度アイスを買う番になってしまって、結局質問をすることは叶わなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る