3-11 夏休みの便り



 僕の夏休みは、至って平和だった。暇な日は図書館へ行って、一日中涼しいところで読めるだけの本を読んだ。家の手伝いをして、しんと一緒に料理を作った。宿題は早めに終わらせた。

 唯一の予想外は、突然来た知らないアドレスからのメール。タイトルは“小泉こいずみです”。

 文面によると、心がこいずみに勝手にアドレスを教えたらしい。いつの間に二人が連絡先を交換したのか、そしてなぜ心は僕のアドレスを彼に教えたのかはわからない。とにかく勝手に僕の個人情報をばらまかないでほしい。

 彼からのメールの内容はこうだった。彼女きくもととどうにか出かけたいのだけれど、二人でと言うと必ず“ノー”という返事が来る。そして彼女は毎回、僕も一緒だったらいいよとご指名をする。だから彼女と出かけるために、僕も一緒に来てほしい。


 ――なんで。

 最初に感じたのは、なぜ彼女は僕にこんなにも固執するのかということだった。わけがわからない。なぜ僕なのか。僕でなきゃいけないのか。代わりはいくらでもいるのに、数多くいる彼女の“友達”の中から、なぜ僕をわざわざ選ぶのか。

 僕は困惑した。

 彼の友達と、彼女の友達と4人で仲良く出かければいいものを、なんでこんな僕なんかを――。


「ん?」


 隣でテレビを見ていた心に、スマートフォンをずいっと差し出す。


「なんでアドレス教えた?」

「……菊本きくもと先輩と出かけるのに、愛くんも誘いたいっていうからさ。小泉先輩と菊本先輩をくっつけるのを手伝えば、俺もいとしくんも幸せになるかなって」


 心はやっぱり僕と彼女を引き離したいがために、彼と手を組んでいるらしかった。

 僕が苦い顔をしていると、心は申し訳なさそうに言った。


「最近の愛くん、菊本先輩に振り回されっぱなしだし、俺も心配というか……。俺は愛くんに傷ついてほしくないんだ。あの時みたいに……」

「とにかく、今度から誰かにアドレス教える時は言って」

「ごめん」


 そして、返事に困っていたら彼から二通目のメールが届いた。



 “遊園地の招待券、丁度4人分もらったからタダで行けるし、心も誘って4人で行こうぜ。心からはもうOKって言われてる”



 僕はまだ迷っていたけれど、心はすでに結論を出しているらしかった。心の方を見ると、僕の顔色を窺っている。


「怒った?」

「アドレスを勝手に教えたことには怒ってる」

「ごめん。……でも、遊園地、愛くんと一緒に久しぶりに行きたい」


 はあ、とため息を一つ大きく吐くと、心はさらに心配そうな顔をした。

 遊園地なんて、僕たちが小さいときに家族で行ったきりだ。炎天下の下で乗り物に乗るために並ばなければいけないのも嫌だし、長い時間立ちっぱなしで待たなければいけないのも嫌だ。


「お願い。行こうよ」


 珍しく、心がわがままを言っている。いつもは僕の意見を何が何でも尊重する心が。まあ、最近は彼と彼女の登場で、心も少しおかしくなっているけれど。

 心は、めったにわがままを言うことはない。だから、僕の心はどうしても揺れてしまう。


「小泉先輩と菊本先輩が付き合えば、愛くんだってお役御免だよ? それにタダで遊園地に行けるんだよ? いい機会だと思わない?」


 素直に行くと言えば、僕がまるで遊園地に彼女と彼と行きたがっているみたいで嫌だった。だからと言って、僕の中にある小さな気持ちを無視することもできなかった。


「わかった。二人をなんとかするために、行こう」


 だから僕は、そう心に言った。まるで仕方なくいくような口ぶりで。行きたいという気持ちなんて欠片もないように。


「ほ、本当に?」


 僕が頷くと、心は途端に笑顔になった。


「やったー! 遊園地だ! 久しぶりだ!」


 彼に“行く”とメールを返すと、すぐにスマートフォンに電話がかかってきた。

 ――僕が話せないこと、忘れたのか?

 一応電話を取ると、彼は早口で捲し立てた。


「まじで!? 行ってくれるの!? 最高! ありがとうな、和田!! ……ってあ、そうだこれじゃ話できねーな」


 どうやら、興奮状態で勢い余って僕に電話をかけてきてしまったらしい。いかにも単純な彼らしかった。

 僕は隣で性懲りもなく跳ねて喜んでいる心に、スマートフォンを渡す。


「あ、もしもしー愛くん行ってくれるって! よかったですねー。 あ、うん。10日?」


 心は僕に目配せをしてきた。10日はどうか、という意味らしい。特に予定も何もない僕は、静かに頷いた。


「俺も愛くんも大丈夫です。はい。はい。じゃあまた連絡しますね! はーい」


 心は通話を切って、僕に満面の笑みでスマートフォンを手渡した。


「菊本先輩の予定が会えば、10日に行こうって! 楽しみだね~!」


 まるで小さな子どものようにはしゃいでいる心に、僕の選択は間違っていなかった、と思って少しだけ温かい気持ちになった。

 そして、僕も少しだけ楽しみに思っていることに気が付いて、ふっとちいさく息を吐いた。




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