3-8 彼の苦悩



「ねえねえ、ことは! 外観ってこんな感じでいいと思うー?」

「わー! 可愛い! いいと思う!!」


 テスト返却の期間に入ってから、休み時間に彼女きくもとの元へクラスメイトたちが文化祭の打ち合わせをしにくるようになった。

 僕も全体の指揮を彼女と共にとっているつもりだけれど、やっぱり根暗でもやしでガリ勉で、加えて意思疎通をするのに極めて困難な壁を持つ僕はあまり役に立っていない。クラスメイトたちの僕の認識は、喋ることができない暗い変なヤツ、というものなので、僕に話しかけないで彼女の方に全て持って行くのも理解できる。


「クラスのTシャツのデザイン、これでどうかな?」

「うーん、どう思う、いとしくん」


 しかし、そんな僕に彼女は、席が近いということで結構な頻度で話を振ってくる。迷惑だと少しは思うけれど、れっきとした文化祭実行委員の片割れである僕の仕事でもあるので、そんなことは決して言えない。


「少しごちゃごちゃしてるかもね」


 Tシャツのデザインの案を持ってきたクラスの女子は、興味津々で僕のスマートフォン越しの言葉を見ている。僕とコミュニケーションを取ったことがなかったので面白いのだろう。きっと、彼女が僕に話しかけなければこの女子と僕は一生話すことがなかったと思う。

 最近、やたらといろんな人と接点を持っている気がするが、それは全部彼女の仕業だ。


「あ! じゃあここの文字減らしてみるとか?」

「そうだね! そうしてみる。色はどうしようか」

「何色がいい? 愛くん」


 僕がスマートフォンで文字を打っている間も、彼女の友達は僕のことをじーっと観察していた。こんな至近距離で視線を投げかけられることにも、もうすっかり慣れてしまった。


「デザインが決まったらみんなに聞いてみれば?」

「確かにそれがいいね」

「わかったーありがとう!」


 彼女の友達は、そう言ってまた友達の輪の中へ帰って行った。


「いちいち僕に聞かなくてもいいよ」

「えー、私一人じゃ決められないもーん」

「彼に聞けば」


 こいずみは外装班で、今は段ボールで何かを作っているようだった。前にデザインの案を見せてもらった時は、水色と白のストライプの壁に赤い屋根みたいなのを付けて、爽やかな感じの外装になっていた。まだ教室の外をデコレーションしてしまうわけにはいかないので、看板やメニュー表などの大道具と小道具を作っているらしい。

 体格に合わず、彼は指先が器用なようで、女子から「意外だね」と褒められていた。これも彼の言うギャップ萌え、なのだろうか。


「やだ」


 彼女は、なぜそんなに彼を嫌がるのだろう。こんな僕はいいのに。それが、ここ最近の僕が一番気になることだった。


「まあいいや。それより、仕入れの方の連絡、メールでしたら直接会社に来てくれって言われたんだけど」

「あ、本当に? じゃあいつにしよっか」


 話すことができない僕は、ポップコーンを作っている業者とのパイプ役という一見すると一番重要な役割を務めることになってしまった。直接会社に来てほしいと言われてしまったら、僕一人でいくわけにはいかない。なんたって喋れないのだから。

 彼女に頼んだつもりはなかったけれど、一緒に行く流れにいつの間にかなっていたので、いいや、と思って僕はそのまま話を進めた。


「夏休みに入ってからでも大丈夫かな?」

「入ってすぐなら」

「じゃあ、夏休み一日目にしようよ! 来週の月曜日!」

「それで連絡してみる」


 あんなにも鬱陶しかったのに、彼女と出かけることになるとなんだか楽しみなのは、なんでだろうか。




***




 掃除の時間、席が近いので僕たち3人は同じ班に組み分けられた。今週の担当場所は視聴覚室で、僕と彼は廊下で箒を、彼女は中で黒板をきれいにしている。


「なあ、和田わだ。俺……やっぱり菊本きくもとが好きなんだけど、どうしたらいいと思う?」


 そんな中、彼は僕に深刻な表情でそう言った。

 彼も、ずいぶんと変わっていると思う。よく飽きもせず僕に話しかけてくるものだ。よくよく考えてみれば、彼も最初から僕と話すことに何の抵抗も、興味でさえ抱いていない人の一人だ。僕がしゃべれないことを面白がるわけでもからかうわけでもなく、彼は僕を“彼女を取り合うライバル”という対等な立場で見ている。


「告白すればいいじゃん」

「俺、もう一回告白してるんだぜ?」


 会話の流れが止まるのも気にすることなく、のんびりと僕を待ってくれる。彼女は彼と合わないと言っていたけれど、僕は案外二人は合っているのではないかと心から思ったりもするのだ。


「でも、直接はしてないんでしょ?」

「……なんで知ってるの?」

「聞いたから」

「……臆病者って目で見るなよ」

「顔に出てたか」

「……否定しろよ」


 むっとした顔になって彼は言った。


「なんで菊本は俺じゃだめなのかな。少なくとも和田より俺の方がマッチョだし、運動神経いいし、どんなスポーツだってできるのに」

「君は運動に頼りすぎなんじゃないの」


 少なくとも、僕よりも彼はできた人間だと認めるけれど、悔しいので彼には言わない。絶対に。


「和田は告白しないの?」

「誰に」

「菊本に」


 彼は、いまだに僕が彼女を好きだと現在進行中で思いこんでいる。


「だから、何度も言うけど好きじゃない」

「強がるなよ」

「本当だよ」

「嘘だな」


 この話になると、このやり取りが何度も繰り返されるのだ。おかげで、僕の予測変換には否定の言葉ばかりが並んでいる。


「彼女の、どこがいいの?」

「笑った顔が可愛いところと……誰にでも同じように接するところ」

「そっか」


 確かに、彼女はこんな僕にでも普通の人と同じように接する。だから、彼の彼女を見る目に僕も同感だった。


「……決めた。俺、文化祭で言う」


 彼は、箒で掃く手を止めて僕の瞳をじっと見つめた。


「そう」


 僕は、ふっと息を吐いた。


「もし俺が付き合うことになっても、恨みっこなしな」

「だから別にいいって」

「菊本が和田にばっかりべったりだからって、余裕に構えてたら泣きを見るぞ」



 ……だから、違う。




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