3-7 微かな微笑み



「見ろよ! 平均ギリいかなかったけど赤点じゃない! やったぜー!」


 期末テストが終わり、数学の時間に、先生が「採点が終わった」とテストの結果を持ってきた。名前の順が早いこいずみは早々にテストを返却され、思いのほか点数がよかったらしく彼が僕にテストを突き付けてきた。


「どうだー! 63点!」


 僕から見れば、なんとも微妙な点数だった。けれど、彼の前回の20点台の点数に比べれば大進歩だ。


「まあ、君にしては頑張ったんじゃない」

「素直に褒めろよなー」

「よかったねー。いとしくんのおかげだねー」


 彼女きくもともにこにこ笑いながら僕にテスト結果を見せてくる。77点。悪くはない。


「なんかツイてそう! ラッキーセブンって」

和田わだ―」


 名前順が最後の僕は、いつも答案を受け取るのも最後だった。ドキドキが最後まで続くのは毎回じれったい。


「よく頑張ったな」


 数学の先生は、そう言って僕に丸めたテスト用紙を差し出した。そっと開いてみると、点数は93点。もう少し低いかな、と予想していたので少し驚いた。どうやら部分点をたくさんくれたようだ。クラスの平均点は60点後半。それよりも20点上なので、満足のいく結果だった。

 そんな僕の満足げな表情を見て、彼女は笑った。


「愛くん、嬉しそうだね! 何点だったの?」


 覗き込んでくる彼女を止めることなく、僕は答案をそのまま机の上に広げた。


「うわーさすが~」

「……ホントだ」


 彼も僕の点数を見て口をあんぐりと開けて驚いている。そんな彼らの表情を見て、ますます僕は得意げになった。


「最高得点は、このクラスは93点」


 先生が発表すると、二人は僕の方に勢いよく顔を向けた。


「うわ、愛くんじゃん」

「すっげー!」


 こうして、僕の点数はクラス中に知られるところとなった。まあ、悪い点数ってわけじゃないからいいんだけど。





***




 その後も、答案が返ってくるたびに彼と彼女はわざわざ僕に点数を教え、僕の点数も開示することになった。勉強会が効いたのだろうか、いつもより全体的に点数が高くて、これならクラス順位は1位を獲れるのではないかと少し期待してしまう。

 その中で唯一、彼女に点数が負けた教科がある。最後に答案返却があった国語だ。


「あ、愛くんって小説の問題意外と解けないんだね」


 僕は本をたくさん読む。小説だってそうだ。しかし、だからといって小説に出てくる主人公の気持ちを推測しろ、とか、書き手は何をいいたかったのか、とか、そんな曖昧な設問に答えられるわけではない。

 彼女はきっと、本をたくさん読むうえにいろんな人との付き合いがあるから、人間の感情や考えていることを読み取るのが得意なのだろう。僕にはきっと一生つかない能力である。


「小説のところだけなら俺の方が勝ってるし」

「点数は僕の方が上だ」


 評論や古典は割と点数が取れるのに、なぜ小説の問題だけ解けないのかはわからないが、一つでも彼に負けたと思うとなんだかムカついた。


「ムキになるなよ~」


 そんな苦い顔をする僕を、愉快そうに彼は笑っている。


「今回は苦手な教科で点数ちゃんと取れたし、本当に勉強会やってよかった。ノートも貸してくれたし、全部愛くんのおかげだよ。ありがとう、愛くん!」

「君が頑張ったからだよ」


 彼女は、僕にそう言って微笑みかける。僕は大して教えてない。ただノートを貸して、彼女の頭の中の曖昧な部分をクリアにしただけだ。彼女は飲み込みも良いし、きちんと予習復習もしている。そこまで頭が悪いわけでも、努力を惜しむ人間でもない。つまりは僕のおかげというよりも彼女のポテンシャルのおかげだろう。


「確かに俺が数学で赤点取らなかったのもお前のおかげだな。サンキュ」


 彼に至っては僕のおかげだと言ってもいいと思う。ヤマを張ったところも大抵当たっていたので、彼に大喜びされた。「次回も頼む」と言われたけれど、できれば毎回きちんと授業を聞いて、自律して勉強してほしい。彼のためにもならないし、正直面倒だし、きっと次は断る。


「それは僕の成果かもしれない」


 僕が画面の文字を二人に見せると、彼女は「うはははは」と大きな声で笑って、彼もつられて笑っていた。こんな気分は久しぶりだった。誰かと協力して切磋琢磨して、相手も自分も高められる。なんだか、気分がいい。

彼女の声につられて僕も、少しだけ口角が上がるのが分かる。


「あ、あっれー? 今、愛くん笑った?」

「うん。笑った。確かに笑った」

「……」

「あ、戻った」

「愛くん、もう一回! アンコール! そしてできれば声も聴きたい!」



 どさくさに紛れて不可能なリクエストをしてくる彼女から、僕はそっぽを向いた。



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