3-6 小さな違和感




 最近、しんの言う通り僕は少し変だ。

 違うと思いたいけれど、いつのまにか彼女きくもとこいずみと昼ご飯を共にすることがごく当たり前のことになっている気がする。彼女は強引だから、とか。僕が誘ったわけじゃないし、とか。だって前に彼女がいて彼も隣だから、とか。それを正当化するための言い訳は限りなく頭からたくさん思いつく。

 なぜだろう、この状況を心から嫌がる自分はいない。きっと彼女に出会う前の僕が、今の僕を見たら、眉間にしわを寄せてものすごい表情をして「バカじゃないの」と言うと思う。今までの僕のために、彼女と彼は僕の友達ではない。ただ昼を一緒に食べるという関係だと言っておくけれど、妙にその関係に呼び名を付けたくなってきた自分がいることも確かだった。



「愛くん、この後の文化祭の話し合いのことなんだけどさ……」


 テストが差し迫ったホームルームの前の休み時間に、彼女は後ろを振り返って僕の机の上にノートを置いた。

 僕たちの学校の文化祭は、9月の一週目の土日に行われる。夏休み中と、8月最終週の登校日は文化祭の準備に充てられる。即ち、期末テスト直前にも関わらず、僕たち文化祭実行委員の仕事は山ほどあるのである。一学期前半は全く忙しくなかったのに、体育祭が終わってから毎週のように委員会の集まりがあって、それぞれの班が準備を始めていた。

 そして、これからのホームルームで僕たちのクラスの出し物を決めなくてはいけないのだ。


「今日係まで決められるといいよね」

「そうだね」

「とりあえず、みんなに何がやりたいか聞いて、そのあとに係を決めて振り分けよう」


 出し物ならいいけれど、飲食は結構面倒くさいのは確かだ。僕の個人的な意見としては、飲食だけは避けたかった。

 そのタイミングでチャイムがなり、ホームルームが始まった。


「さ、じゃあ今日は文化祭の出し物を決めるぞ。実行委員の二人よろしくー」

「はーい。あ、小泉くん紙にメモ取っておいてもらっていい?」

「おう、了解」


 僕と彼女は黒板の前に立った。みんなの視線が突き刺さる。嫌だ。帰りたい。今すぐに。僕はこんな前で注目を浴びるキャラじゃないのに。


「じゃあとりあえず、飲食と出し物系どっちがいい? あ、愛くん黒板書記よろしくね!」


 彼女は話すことができない僕を気遣ってか自ら指揮を取って、僕を彼女の後ろに追いやった。みんなの視線も、彼女に注がれる。


「多数決とりまーす。出し物がいい人」

 パラパラと手が上がる。3分の1くらいだろうか。

「飲食がいい人―?」

 結果は、圧倒的飲食の優勢。結局一番面倒な方になってしまった。なにが面倒って、お金が発生するし、場合によっては衛生検査をしなきゃいけないことだ。


「じゃあ飲食で考えましょう! 何売りたい?」


 僕は白いチョークを一つ摘み、黒板に“飲食”と文字を書いた。


「ポップコーン!」

「アイス!」

「たこ焼き!」

「クッキーとかスナック菓子!」


 みんなが言う言葉を、適当に書き込んでいく。どんどん左肩下がりになっているのがわかったけれど、別にいいやと思ってそのままにした。

 出た選択肢でまた多数決を取って、僕たちのクラスは結局ポップコーンを売ることになった。たこ焼きやクッキーみたいに一から作ると衛生検査が必要になるけれど、ポップコーンは既成商品を販売するのでそれはなくなる。面倒さがほんの少しだけ消えた。まだ面倒だけど。

 そして外装や内装、仕入れの担当などに分けて、それぞれに班長を決めた。


「んー、この班、この人数で大丈夫かな……」


 彼女がそう言うと、一人の男子が言った。



「俺掛け持ちしようか?」


 彼女は、首を傾げて困った表情をしつつ僕の方を向いた。そして、小声で僕に問いかける。


「良く聞こえなかったんだけど、愛くん聞こえた?」

「掛け持ちしてくれるって」


 僕がスマートフォンの画面を見せると、ほっとした顔を見せた。


「あー、おっけー! ありがとう!」


 クラスメイトの方を見るときはもういつもの笑顔に戻っていて、僕の胸には違和感が残った。








 結局、僕たちのクラスはポップなポップコーン屋さんをやることになった。アメリカっぽい内装にするらしい。


「よかったね、問題なく進んで」

「これ、書いたぞー」


 彼が隣から腕を伸ばしてきて、僕の机にノートの切れ端を置いた。


「ありがとう」


 彼女が彼にお礼を言った。

 ノートを見ると、彼の字は彼の顔から想像することができないくらい綺麗で、少し驚いたら彼にそのことを悟られたのか「ギャップ萌えだろ」と言われた。決して萌えてはいない。


「上手く進めばいいね」

「そうだね」


 彼女は少し不安げな表情をしていた。僕を相方に指定しておいて、なんで今更……、と思ったけれど、彼女が案じているのは僕以外のことらしい。


「なにをそんなに不安がってるの?」


 僕が聞くと、彼女は目を見開いて言った。


「なんでわかるの?」

「顔」

「……そっか。違うの。ただ、上手くまとめられればいいなあって思ってただけ」


 ふっと微笑んだ彼女に、彼がすかさずフォローしようと反応する。


「菊本は上手くできてたじゃん」

「俺が和田の代わりにやろうか」

「それはダメ」

「そうしてほしい、と言いたいところだけど僕は一度引き受けたことは最後までやる主義だから」

「ざーんねん」


 彼は舌を出して、おちゃらけた表情をした。


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