3-4 テスト勉強会2




 大分勉強も進んできて、それぞれが黙々と作業をする中、こいずみが伸びをしながら言った。


「なー、音楽つけてもいい?」


 彼はそう言って、音楽プレイヤーを弄り始める。どうやら、彼はこのみんなが文字を書く音だけのごく静かな空間に耐え切れないらしかった。


「ダメ」


 そんな中、彼女きくもとが否定する。


「私、音楽が付いていると集中できないの。ごめんね」

菊本きくもとがダメなら別に俺はいいよ、気にしないで」


 彼はあっさり折れた。彼女を困らせてまで音楽を聞きたいわけではないらしい。彼の振る舞いを見ていると、中々大事にしてくれそうな恋人になりそう気がする。彼女はどこが不満なのか。付き合ってくれたら丸く収まるのに、と思いつつ、僕は彼に小さなエールを送る。


「なあ、そろそろ休憩しようぜ、休憩!」


 一度話し出したら集中力が切れたのか、彼がそう言った。確かにもう時計の針は勉強を始めたころより2時間ほど進んでいて、僕もある程度ゴールが見えてきた。きっとこれなら今日中に数学は一周終わるはずだ。


「お茶持ってくるからちょっと待っててー」


 彼がそう言って部屋を出ていくと、彼女は興味深そうに部屋を見回した。


「本当にずいぶんと大きなおうちだよねえ……」

「どんな人なんでしょう、小泉こいずみ先輩の両親って」

「さあ……。聞いたことないな」


 彼の部屋には、机とベッド、そしてテレビにゲーム機。一通りのものが置いてあるのだが、その中でもやたらと気になるのが、壁沿いに置かれている電子ピアノ。カバーが掛けられているが、あれは間違いなくピアノだろう。彼の部屋に置いてあるということは、彼もピアノが弾けるということか。


いとしくんは聞いたことある?」

「あると思う?」

「仲よさそうにしてるじゃん、最近」

「え!? そうなの!?」

「してないよ」


 彼女の言葉に驚いた心が僕に詰め寄る。それは彼女の客観的意見であって、僕の主観的意見に言わせれば、僕と彼は全く持って仲が良くない。むしろ逆だ。彼の中では彼女という存在があってこそライバルとして成り立っているのだから、もし彼女がいなければ僕と彼の関係は成立しないことになる。つまり、二人でライバルになる、ましては仲良くなるなんてことは不可能なのである。


「愛くんは俺だけの愛くんでいてよー」

「えーダメだよー。愛くんはしんくんの愛くんでもあるし、私の愛くんでもあるんだから!」

「嫌だ! 菊本先輩は後から出てきたんだし引っ込んでてよ!」

「むー。心くんの意地悪!」

「意地悪で結構!!」


 子ども同士のケンカみたいなものが始まろうとしていたけれど、僕に二人を止める発言力は文字通りない。


「……何やってんだ?」


 そこに彼がタイミングよく帰ってきてくれて、二人はしぶしぶ引き下がった。


「これ、カップケーキ」


 みんなである程度机の上から荷物をどけて、彼が机の上にトレーを乗せる。どうやら紅茶のようだ。心は勉強机に置いてあったカップケーキの袋と、彼女のスナック菓子が入った袋を机に置いた。


「わー! すごーい! ありがとう!」

「売り物みたいだな」


 心のカップケーキはお店で売っている商品のような容貌をしていた。つまりは、かなり美味しそうだ。もちろん、見た目だけでなく味もいい。

みんなで「いただきます」を言って――もちろん僕は心の中で言った――、まずは紅茶を一口飲む。彼はさっそく心のカップケーキに手を伸ばし、豪快に一口食べた。


「お、うまい!」

「ホントだ! 美味しいね!」


 彼女も目を丸くしてその美味しさに驚いている。


「どう、愛くん……?」


 そんな二人の感想をよそに、心が気になるのは僕の舌に合っているかどうからしい。僕も一つカップケーキを取り、周りの紙を剥がして指で一口分に切って口の中へ入れた。

 カップケーキは二種類あった。チョコチップが入っているものと、抹茶味のもの。僕が抹茶味のお菓子を結構好きだからこの味にしたのだろう。


「おいしい」


 文句のつけようがない美味しさだった。


「よかったあ……!」


 ぱああっと目を輝かして心は言う。いい加減少しは兄離れしないと、心にまで友達がいなくなってしまいそうで少し心配だ。


「今度作り方教えてよー」

「嫌ですー」

「ケチー」


 そんなやりとりをしつつ、彼女が持ってきた方の袋からもスナック菓子を取り出した。


「これも食べよう」


 チョコやクッキーが机の上に広がる。


「あ、愛くんこれ好きだよね!」


 心が手を伸ばしたのは、抹茶味のクッキー。俺の好みを知っていることを存分に彼女に見せつけている。


「へ~そうなんだ~! またそれ買ってくるね~」


 案の定、心の攻撃は彼女には効かない。

 少しは懲りればいいのに、と思いつつ、僕は抹茶クッキーを手に取った。



「あ、ねえ小泉先輩ってピアノ弾けるんですか?」


 心が思いついたように言った。


「うん。弾けるよ」

「愛くんも弾けるんですよ! しかもめっちゃくちゃ上手いんです!」


 ……何を言い出すかと思いきや、また僕の弟は余計なことを言っている。


「まじ?」

「中学1年生の時まで習ってたんですよ~!」

「まじ?」


 彼女と彼が、僕を見つめた。

 心に問いたい。お前は僕の味方なのか、それとも敵なのか。


「聞きたいな~」

「俺も~」

「断る」


 うちにも電子ピアノはあるが、この家にあるピアノとは大分違う。古くて旧型のものだし、なにより最近鍵盤を触ってなどいない。絶対に鈍っているし、あの頃のように弾けるわけがない。


「いいじゃん、愛くんの才能見せつけてやればいいのに!」

「嫌だ」

「わかった、俺も一曲弾くから」

「結構です」

「愛くん~一生のお願いだから弾いてよ~」

「遠慮します」


 どこまで嫌だと言っても、心まで一緒になって三人でせがんでくる。厄介なことこの上ない。僕は確信した。一人なら対応可能でなんとか交わせるかもしれないけれど、三人束になってかかってこられると、僕に勝ち目はない。

 結局彼が僕を力づくでピアノの前に座らせた。


 ――もう、逃げることはできない。


 そう悟った僕は、大人しく鍵盤の上に指を乗せた。

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