3-2 仮初の結託
「そうだ! 期末テストの勉強会しようよ!」
「いいね!」
「嫌だ!」
もちろん、目を輝かせてその意見に賛成したのは
反対したのは
「小泉くんは確か……あんまり勉強できないでしょ?」
「そう! だから菊本に教えてもらえればすっげー嬉しい!」
「いや~、私も
「僕のテストの点数なんて見たことないでしょ」
僕の高校は、テストの順位を全て張り出すような高校ではなく、自分のテストの点数と平均点が載っている表をもらうだけだった。そこにクラス順位が書かれているが、学年順位はない。個人的に配られる表なので、他人に見せない限りは自分の順位を見られることはないわけだ。
「でも、愛くんってノートの取り方からしてとっても頭よさそうだけど……。ねえ心くん、愛くんの成績って悪いの?」
「俺の愛くんが成績悪いなんてありえないですよ! いつもクラス順位3位以内には絶対に入ってるし」
僕を褒める言葉しか知らない心は、「僕の成績が悪いのか?」と尋ねられ、そんなわけがあるかと否定しつつ、僕が言ってほしくない情報までぺらぺら言ってしまっている。結果として僕の首を絞める方向に進んでいることを、きっと心は自覚していない。
「意外とすげーんだな、和田……」
「そうです! 愛くんはいつだって俺の自慢のお兄さんですから!」
僕のことを褒められて鼻高々になっている心は、僕よりも頭がいいのだ。部活だって一生懸命やって家事だって手伝って、それで毎回クラス一位。僕の自慢の弟になるためにいろんなことを努力しているんだ、と言っていたけれど、弟が自分とは違う両親から生まれて来たのではないかと思ってしまうほど、心はすでに僕にはないものをたくさん持っている。
「やっぱり私よりよっぽど順位がいいし、私も愛くんに教えてもらいたいな~」
「俺も……実は次赤点取ったら数学ヤバいんだよな……」
生クリームがたっぷり塗られた僕のお気に入りのクリームサンドを頬張っていたら、二人の視線が僕に一心に向けられていた。勘弁してほしい。
赤点取ったらまずいからと言われて、言葉が話せない僕に助けを求めるなんて彼もおかしいし、彼女だって立派な友達がいるんだからそっちと勉強会をやればいいのにわざわざ僕に縋ってくるわけもわからない。
「僕が教えられると思うの?」
「心、お前のにーちゃん、教えるの下手なの?」
「下手なわけないじゃないですか! 愛くんはこの世で一番わかりやすく教えてくれます!」
「だってよ」
「だって、愛くん」
またもや敵の術中にはまってしまった心。もはや僕の味方なのか敵なのかわからない。そもそも、僕が心の勉強をみてやることなんてほとんどないのに、どうして僕の教え方が世界一わかりやすいなどと言えるのか。
「心くんも教えてもらえばいいんじゃない?」
「……」
心はいろいろなものを天秤にかけて考え込んでいるようだった。僕と彼女を接近させたくないけれど、どうせ勉強会をするなら自分も混ざって僕に教わりたいとか、彼女を邪魔できるかもしれない、とか、巧妙な計画を頭の中で組み立てているに違いない。
「俺を見捨てないでくれえええ、和田!」
「私も分からないところ解説してほしいなー」
「俺も教えてほしい、かも……」
結局心は僕と勉強会に参加する方のメリットの方が大きいと試算したようだ。見事に二人に加わってしまい、僕は早々に白旗を揚げることに決めた。心が一度言い出したら聞かないことを僕は良く知っている。
「わかったよ」
スマートフォンの画面に映し出された文字を見て、三人の顔がぱあっと輝いた。
「よっしゃ!」
「やったー!」
「わーい!」
結局僕は出来るだけ人を避けていたはずなのに、こうして三人もの厄介な奴らに囲まれてしまっている。しかもその三人はバラバラな理由で僕に固執していて、仲良くもないのに結託しているなんて。おかしな話だ。
僕はひっそりとため息を吐いた。
「どこでやる?」
彼女は箸で弁当に入っていたカリフラワーを挟みながら言った。
「図書館のグループ室とか?」
「図書館はダメだ。誘惑が多すぎる」
僕がスマートフォンを見せると、彼女と心はうんうん、と頷いた。
「愛くん、本が好きだから休憩とか言いつつ読み始めたら、いつまでたっても勉強終わらないと思いますよ」
「私も本あるとダメだな~。できれば違うところが……」
彼女もそう言って、彼のアイディアに反対した。
図書館は僕にとって最も勉強がし辛いところの一つだ。一度本を読みだしたらなかなかその世界から離れることができなくなってしまう僕にとっては、一面をトラップに囲まれるのと同じことなのだ。
「……じゃあ、うちくる?」
「いいの?」
「うん。親に話しておくよ」
家に来るかと提案してきたのは、彼だった。
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