第三章 文化祭準備編

3-1 昼休みの憂鬱




いとしくん! お弁当一緒に食べよう!」


 最近の僕の昼休みは、彼女きくもとのこの一声から始まる。

 体育祭のあの教室でのひと時から、また僕たちの関係は変化した。

 休みに映画を見に行った関係から、昼休みに一緒に弁当を食べる関係になった。関係が前進したのか後退したのかはわからないけれど、とりあえずそこに僕の意思はないことは変わらない。


「抜け駆けはずるいぞ、和田わだ


 次の一声はだいたいこいずみで、僕の隣の机をずるずると引き摺って僕の机に連結させた。彼女は僕の前の椅子に座っていて、たいてい僕の席に弁当を置く。

 なぜこの状況に陥ってしまったかというと、全ては体育祭の後の席替えが始まりだった。

 行事が一つ終わって落ち着いたので、席替えをしたいとクラスのみんなが言い始めて、僕としてはとても離れがたかった窓際の席を離れることになった。

僕が引いたのは、中央の列の前から4番目。ちょうど教室の真ん中の席。僕がいたかつての席よりいい席なんてこのクラスにはないから、劣るのはしょうがない。



 そして、ここからが僕の今の状況を招いたわけだった。なんと……彼が引いたのは僕の隣の席。彼女が引いたのは僕の前の席だった。

 誰かがくじに細工をしたとしか思えない。僕は二方向を僕の敵に囲まれてしまったのだ。偶然だとしたら、僕の運がとても悪いのだろうか。それとも彼と彼女の運がいいのだろうか。これがもし存在する神様の仕業だとしたら、彼は僕を相当恨んでいるに違いない。

 とにかく、このような経緯で僕は毎日のように彼女から声を掛けられるようになり、自然に自称ライバルである彼が僕たちに加わる形で昼ごはんを食べる派目になっている。

 加えてたまにしんも来るからその日は騒がしいことこの上ない。僕の静かで平穏なスクールライフは、今は影も形もない。


「いーとしくんっ!」



 ……どうやら今日は厄介な日らしい。



「なんだよ、また来たのかよ、心」

「あ、心くんだー」


 すっかり彼と彼女は弟を名前で呼ぶようになった。ご飯を食べているうちに彼と心はそこそこ仲良くなったらしい。いや、厳密に言えばきっと違うのだろう。

 心と彼の関係は利害が成立しているからこそ成り立っているのだ。彼女と僕を引き離したいという点で。心は僕に友達なるものが出来ることを望んでいないのだから、きっと彼女を僕から引き離すことに成功したら、その一時的な同盟関係も解除されるだろう。


「今日は何のお弁当なのー?」

「サンドウィッチ。菊本先輩のお弁当はまたお母さん作なんですか?」


 自分よりも年上に囲まれても物怖じせずに立ち振る舞う心に、少し厄介に思いつつも僕はよくやるな、と感心していた。


「うん、そうだよー」

「お弁当も作れないなんて、お嫁に行けないですよ」

「俺がもらってやるよ」


 ちょいちょい嫌味を挟んでくる心に、彼がさらっとすごい発言をする。もしかしたら心は彼のアシストをしているつもりなのかもしれないし、そもそも彼が彼女の気を引くような発言をして、僕と彼女をどうにかして引き離すような計画を二人で練っているのかもしれない。

 ……それにしても、恥ずかしげもなく言える彼は純粋にすごいと思う。


「お母さんのお弁当、とっても美味しいんだよー! でも、私も今度お弁当作ってみようかなー」


 でも、彼女にはそんな計画も効かないようだ。

 彼女に華麗にスルーされてしまった彼は、大きな身体をわかりやすく縮こめてしゅんとしている。


「教えてくれる? 心くん」

「お断りします」

「えーなんでー」

「俺は家族のために料理をするのであって、他人のためにはしません」

「他人じゃないよー。友達じゃん!」

「先輩の友達のボーダーラインはとっても低いんですね」


 彼女は何が面白かったのか、うははははと笑った。

 そんな彼女を、彼は不思議そうに見つめて言った。


「なんで笑ってんの」

「兄弟なんだなーって。おんなじこと言ってる」


 彼女の言葉で、ああ、確かに同じだと気づく。


「うわー。やっぱり心くんのお弁当、美味しそうだね!」


 僕がサンドウィッチ用のランチボックスを開けると、玉子の黄色、キュウリやレタスの緑、トマトの赤など、様々な色が目に飛び込んで来た。


「でしょ。俺、料理得意ですから」


 心は少し口角を上げた。たとえ彼女にでも、褒められたらうれしいものらしい。

 そんな心をじっと見ていたら、僕の視線に気が付いて、少し微笑んでいたのを自覚したのか悔しそうに唇を噛んだ。





 ――なぜ僕と毎日のように昼を共にするのか、僕は彼女に尋ねたことがある。彼女にはクラスに僕とは違って、お昼ご飯を食べる関係の“友達”がいる。

 最初は一週間に一度、僕と彼と昼を食べる程度だった。それが二日、三日と増えていき、今では友達と週に一度。まるで逆になってしまった。


「愛くんとご飯が食べたいから」

「友達じゃなかったの?」

「友達だよ」

「じゃあ、なんで?」

「……愛くんとは緊張しないで喋れるんだもん」


 彼女はただそう言った。

 僕とは緊張しないで話すことができて、彼女の前からの友達とは緊張してしまうとはどういうことなんだろうと疑問に思った。普通逆じゃないのか。


「友達でしょ?」

「うん。……友達、だからだよ」


 彼女は以前、僕のことを友達と確かに言った。

 彼女が友達と話して緊張するなら、緊張しない僕は一体彼女にとってなんなのだろうか。友達以下なのか、はたまた友達以上なのか――。


 僕は「僕って君にとって」と書いたけれど、すぐに文字を消した。



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