2-10 一つの質問
下で支えていた二人は、脚を擦りむいたのと軽い打撲で済んだようだった。洗って消毒をしたあと、絆創膏を貼ってもらい、その後は元気に走って応援席まで帰って来た。
「愛くん、本当に大丈夫?」
心の団の次は僕たちの団だった。入場門のところに、ダンスのペアの順で並んで待機していたら、
落ちたときは頭を打ったからか、少しクラクラしていたけれど、今はすこぶる元気だった。落ちたことなんてなかったかのように、いつもの僕だ。この分なら、今日も病院に行かなくてもいいかもしれない、なんて思ったけれど心が許してくれるわけがない。
心は、なかなか端正な顔立ちをしているスタイルが良い女の子とペアダンスを踊っていた。踊りのキレから察するに、心のお相手はチア部らしい。
「和田くんの弟くんって、なかなかモテそうだよねー。ほら、あの女の子結構弟くんのこと好きそう」
彼女が指さした先には、僕らと同じ団の一年生の女子たちがいた。確かに「和田くん」というワードと黄色い歓声が結構な声のボリュームで聞こえてくる。どうやら隠すつもりはないらしい。本気で好き、というよりアイドルのような存在なのだろうか、心は。
音楽が止み、ぱちぱちと応援席の保護者と生徒から拍手が沸いた。
先頭が校庭へと走り出す。
――ついに、僕たちの番だ。
***
「さっきは……ごめんね」
彼女は落ち込んだ様子で僕にそう言った。
僕らは、教室に二人きり。
しばらく出番がないのでサボろうと思っていたら、彼女も後ろからそっと着いてきたのだった。
「別に落ち込むこともないよ。たかがダンスだ」
彼女が落ち込んでいるのはなぜかというと、応援合戦のダンスを少し間違えたからだ。音楽に合わせて列ごとに違うフリをするのだけれど、少しずつ彼女が遅れて僕とタイミングが合わなかったのだ。
彼女はまだそれを引きずっているらしい。
「きっと、君が思っているより周りは気にしてないよ」
「……ありがとう」
彼女の傷は、僕の言葉くらいじゃ治らないらしい。
僕は、なぜ彼女がこんなに落ち込んでいるのかわからなかった。彼女の表情は、まるで何かに絶望しているような、それでいて諦めているような、そんな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合ったようなものだ。
「私ね……」
彼女は窓の外をぼうっとしながら何かを僕に言おうとした。
「やっぱり……なんでもない」
「言えば?」
「じゃあ、一つ質問していい?」
「いいよ。一つ質問させてくれるなら」
この機会に便乗して、僕も前々から気になっていたことを彼女に尋ねてみようと思う。
「
僕の方を振り返って、彼女は言った。
「ある」
「そのことを知ってる人っている」
「いるよ」
「そっか……」
彼女は、俯いた。
ぼそりと呟く彼女にも、何か秘密があるらしい。
そして、彼女はそれ以上何も言わなかった。どうやら僕の番が回って来たらしい。
「君は、なんで僕につっかかってくるの」
ずっとずっと、気になっていたこと。僕とは病院でたまたま会っただけ。それまでろくに話したことがなかったのに、一日で僕と彼女は、ノートを借りることができ、本も貸し借りする関係にまで発展した。そして僕は休日に映画を誘われるまでの存在になった。
僕はその関係をどう言葉で言い表していいのかわからない。
なぜ、彼女が僕にわざわざ話しかけようとするのか、なぜ僕をわざわざ選ぶのかがわからないのだ。
彼女は少しためらいがちに言った。
「愛くんと話してると……楽なんだ。自分を取り繕わなくていいってか感じるの」
どういう意味だろう。
僕といると、彼女は楽なのか。
――確かに、僕に嫌われたって、彼女には何のダメージも害もない。彼女が僕にどんな失言をしようと、僕は彼女の悪行をクラスに広めるような影響力と信用はほぼゼロに等しいだろう。
そういう意味では、確かに僕は彼女にとって楽な存在なのかもしれないが、本当にこの理由なのだろうか。少ししっくりこない気がする。
僕の質問が終わったと感じたのか、彼女は窓際から僕の前に立った。
「私ねいつか――愛くんの声が聞きたい」
僕は、スマートフォンの画面に文字を打ち込んで、彼女に向けた。
「それは、無理だ」
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