2-9 ライバル




 僕は身長が小さいから、騎馬戦の上に乗ることになった。


 練習で決めた組み合わせ。一度乗ってみたことはあるけれど、実践は今日が初めてだ。なんたって、この学校は競技に重点は置いていない。



「和田、乗って」



 下になる二人は、一人がサッカー部、もう一人がハンドボール部だった。二人とも彼の知り合いで、僕は下でいいと言ったのに、「小泉こいずみが取ったハチマキの数で和田と競いたいんだってよ」という一言で、僕が上に乗ることがすでに決まっていたことを僕は悟った。断ることも許されず、僕は今上に乗っているというわけだ。


 ――はっきり言って最悪だった。知っての通り僕は争いを好むような性格ではなかったし、アクティブに動けるタイプでもないのだ。去年だって下だったのに。



和田わだ―! 勝負だからな!!」


 僕の隣でスタンバイしていたこいずみは、背が高いしラグビー部だからガタイもいい。当然下になると思いきや、わざわざ二人の屈強なうちのクラスのラグビー部を下に従えて、彼も騎馬の上に君臨していた。なぜ彼は、僕ごときにこんなにつっかかってくるのかがわからない。

 全部の騎馬がずらりと一列に並んだ。騎馬戦はトーナメント制で、最初の相手は右隣のクラスだった。うちのクラスの作戦的には、大きい人が乗る騎馬はガンガン攻めて、僕のように小さい人が乗る騎馬は、すばやく動けるので逃げつつ相手の的になる遊軍的な立ち位置らしい。

 そもそも、僕はターゲットにならなければいけないようなので、彼と競うなんて根本的に無理だ。



 メラメラ闘志を燃やしている彼の隣で、僕の闘志は一向に火がつかないのだった。






 ついに、パンと乾いた大きな音が響き渡ると、歓声と雄叫びに包まれ、騎馬は走りだした。


「和田、俺たちはとにかく小さい奴らを狙おう!」


 ハンドボール部の彼がそう言った。


 ……逃げるんじゃなかったのか。


 僕の考えとは裏腹に、どんどん僕が乗る騎馬は敵が待ち構える方へと一直線に突っ込んで行く。周りと比べても、僕たちの騎馬は相当早いようだった。



「行けー!」


 下の彼の叫び声とともに、僕は僕の意思と反して敵の騎馬に突進する。

 あとは諦めるしかなかった。しょうがない。

 僕は必死に相手の頭に手を伸ばす。相手の僕と同じくらいの体型の男子も僕に必死に手を伸ばした。片手でその迫りくる手をブロックし、僕は必死に相手の頭から垂れるハチマキを狙う。あと、少しだ。

 そう思った時、下の二人が相手の騎馬に体当たりをした。体勢をわずかに崩した相手に、隙が出来た。



「……!」


「よくやったー!!」



 下の二人から、雄叫びが聞こえた。

 僕の手には、一本の白いハチマキが握られていた。



「愛くーん! やったー!!」


 きゃーきゃーと騒ぐ女子の声の中で、彼女きくもとの声が僕の耳まで届く。


「和田! もう俺は二本だぞー!」


 近くにいた彼が、僕に向けて叫んだ。彼の手を見ると、確かにすでに二本の白いハチマキを手に持っている。


「やべっ!」


 下の二人が、方向を変えた瞬間、横からガタイがいい敵の騎馬が、僕たちに思い切りぶつかった。下の二人がバランスを崩し、僕はなすすべもなく、地面に思い切り叩きつけられた――。









「……和田! 和田! 大丈夫か!!」



 頭に痛みを感じて、僕は目を開けた。一瞬だけ、意識が飛んでいたらしい。

 気づくと、彼が僕の顔を心配そうに覗き込んでいる。



「起きれるか?」


 彼の下にいたラグビー部の男子に支えられて身体を起こしてみると、まだ競技は続行中だった。僕を支えていた二人も倒れていて、どうやら脚を擦りむいたり、痛めたりしているようだ。幸いなことに、僕は彼らの上には倒れなかったらしい。もし落ちていたら、彼らにもっと酷い怪我をさせていたかもしれない。そう思うと、いい倒れ方を出来てよかった。

 そして、僕の心配そうに見ている彼の頭には、未だにハチマキが巻かれている。敵に取られてもいないのに、競技だって続いているのに、彼はなぜ、僕を覗き込んでいるのだろう――。


「救護テント行くぞ」

「……!」


 彼は説明もせずに、ひょいっと俺をおぶる。


「あとの二人もよろしくな!」


 そう言って彼は、走って救護テントへ一直線に向かう。

 途中で、彼女が僕たちに合流した。


「愛くん! 大丈夫? コレ、持ってきたよ。要るでしょ?」


 彼女はそう言って僕にスマートフォンを渡した。応援席の椅子に置いてあった、弁当や水筒が入った袋から出して持ってきてくれたらしい。

 心配そうな顔で僕を見る彼女と共に、僕は救護テントへ運び込まれた。


「騎馬戦中に敵の馬とぶつかって、落ちて頭を打ったんです、コイツ」

「頭打ったのね? どれどれ」


 白衣を着た保健室の先生が、僕の頭に触れた。

 僕は、彼に気になっていたこと尋ねる。


「君は、まだ負けてなかったんじゃないの?」

「別にそんなことどうだっていい。元はといえば俺が無理やり和田を上にさせたんだ」


 彼は、僕がねちっこくて、嫌なやつだけれど……想像していたよりもきちんとしているのかもしれない。


「愛くん、こういうときなんて言うんだっけ~?」


 彼女がニヤニヤしながら言った。


「ありがとう」


 僕がそう返すと、彼女は嬉しそうに笑った。

 彼は、少し照れくさそうに微笑んだ。

 僕は、不思議な気持ちだった。


「血は出てないみたいね。あとは、気持ち悪かったりくらくらしたりしない?」

「大丈夫です」

「そ。きっと他の競技に出ても大丈夫だとは思うけど……無理はしないでね。休みたかったら休んでいいわ。あと、もし心配だったら病院に行って診てもらいなさい」

「はい。ありがとうございます」


 その後、下にいた二人も自力で救護テントにやってきて、怪我を見てもらっていた。


 すると少し遅れて、しんが救護テントへやってきて、「病院行こう!」と僕に言ってきたけれど、心はリレーに出るし、そこまで大した怪我でもないから僕は断った。心はしぶしぶ体育祭が終わってから病院に行くことで妥協してくれた。




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