2-5 信頼の方向
映画を見終わると、見始めた時の
「あーもう、なんか……サイコー! めっちゃ面白かった!」
映画は、一言でいうと完璧だった。ストーリーも文句なし、キャストもイメージ通り。強いて言えば、主人公の親友役の俳優がもう少し不細工なイメージだったけれど、まあ許容範囲だ。CGが多用されていて、使われる魔法がとってもかっこよかった。モンスターも、やけにリアルだった。
「主人公もヒロインもイメージぴったり。美男美女って感じ!」
ただ、今の僕の状況にはとても不満を抱いている。
なぜか僕はケーキをほおばる彼女と向かい合っているのだ。
映画が終わった後、彼女は「そういえば」と言って鞄から何かを取り出した。それはここらへんで有名なケーキ屋の優待券で、ケーキと紅茶のセットが安くなるというものだった。しかも日付は今日までで二人以上から有効。僕は彼女に期限と人数を盾に押される形でここまで来てしまったのである。
ずいぶん僕もほだされている気がするが、今日は僕も映画に満足して上機嫌だったからだ、と思うことにする。
「映画どうだった?」
「ストーリーがよかった」
彼女の問いかけに、僕は少し考えて答える。
「どこの部分?」
「秘密を言えない主人公に気づいて、ヒロインが平手打ちするところかな」
「……同じだ」
彼女は目を見開いて驚いた後、目じりを垂らして小さく微笑んだ。
「『信頼は二方向で成立するんだ』ってセリフが、私も好きなんだ」
僕はそんな彼女の表情を見て、心臓が小さく跳ねるのを感じた。まるで僕と、好きだと感じていたところが一緒だった。原作の中で、僕の心に残ったセリフも彼女が言ったものとまったく同じ。
「二方向で成立するなら、私はどれくらいの人と信頼関係が成り立ってるんだろうって、思うんだよね――」
一口、彼女は紅茶を啜った。僕も、慌てて手を付けていないモンブランを食べると、そこまで甘くなくてなかなか美味しかった。
「難しいよね、人って」
そう言って彼女は制服を着ている時よりもやけに大人びた表情で微笑んだ。
僕の胸に、違和感が生まれる。もっと、子どもっぽいのかと思っていた。いつも教室ではしゃいでいる姿を見ていたから、今の表情を想像することは出来なかった。
彼女は日向、僕は日陰。
日向に憧れることもなく、日陰にいることをむしろ好む日陰オブ日陰。
なのに、いいと感じるところは同じ。
少し嬉しく感じてしまうところが、僕は嫌だった。
***
週末が終わり、月曜日。教室へ一歩足を踏み入れると、クラスメイトがやたらと僕を見てきた。変わった奴だとじろじろ見られることはこれまでにもあったけれど、最近はみんな慣れたのか僕のことなんて気にもかけなかったのに。
何が起こったんだろう、と思いつついつも通り自分の席へ一直線に向かうと、僕の後ろから誰かがついてくる気配がした。
「和田くん」
聞き覚えがあるその声の主は、僕に彼女のことが好きなのか尋ねて来たいつかの爽やか男子だった。
「土曜日、菊本と一緒にいる君を見たっていう子がいたんだけど」
見られているとは思わなかった。確かに迂闊だった。高校がある場所からは少し離れていたとはいえ、たくさんの生徒が週末になったら遊びに来るのが映画館周辺の街だった。あの雑踏の中に、一人くらい知り合いがいてもおかしくはないだろう。
「人違いじゃない?」
波風は立てたくなかったので、僕は小さな嘘を一つつくことにした。
嘘をつくのはあまり好きではないが、非常事態だ。やむを得ない。
「……」
僕の言った事が、むしろ気に障ったらしい彼は、眉間に深いシワを刻み込んで僕をきっと睨む。
「菊本はお前と映画見に行ったって言ってたけど」
――ん?
彼女が言っていた?
僕と出かけたことを?
思わず彼女の方を勢いよく見ると、彼女はにこにことしながら近づいてきた。
「
来るな、と手で追い払ってみてもまるで効果はなく、彼女は彼の隣に並んだ。
「おとといはありがとう! あと、約束してた小説、持ってきてくれたー?」
「……」
彼女の横に並ぶ彼の表情は、みるみるうちに赤くなってゆく。
どうしてこんなにも空気が読めないのか。お願いだから、彼女には少しでも僕を見習ってほしい。
僕は、映画を見た日に「読み終わったから週明けに貸す」と伝えていた文庫本を鞄の中から取り出して、彼女にさっと渡した。
「やった! ありがと!」
嬉しそうに微笑む彼女とは対照的に、どんどん機嫌が悪くなっていく彼。
「菊本は、なんでコイツと映画行ったの? 俺誘ってくれればよかったのに!」
彼は、さっきまで苗字で呼んでいた僕のことを、コイツと呼び始めた。
どうやら本格的に敵とみなされてしまったようだ。困った。
「だって、私達信頼し合ってる友達だから、ね!」
ね、と言われても、僕にはこの場を切り抜けるための言葉を、とっさに口に出せるわけがなかった。
彼は、菊本の言葉を聞いてますます苛ついた顔をする。
「……勝負だ」
「……?」
小さく彼が呟いた言葉は、僕の耳には届かなかった。ついでに、スキップをしながら自分の席へと帰ろうとしている彼女の耳にも。
「体育祭で、勝負だ!」
彼の突飛な発言に、あっけにとられてぼかんと口を開けていたら、続けざまに彼は言った。
「明日の5限で体育祭の種目決めがあるだろ? あれで1000Mに手を挙げろ」
「断る」
「なぜ!?」
「争う理由がないから」
そこで運よくチャイムが鳴った。彼はまだ何か言いたそうだったけれど、僕は持ってきたハードカバーの本を盾にして、彼の席から僕を睨みつける彼の視線をシャットアウトした。
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