2-4 新しい“友達”



 ……なんで僕は、ここにいるんだろう。


 駅前広場、午後2時。



 なぜか僕は、そこで彼女きくもとを待っていた。




***




「連絡先、聞いてもいい? 文化祭の連絡網が来るみたいなんだ」


 帰ろうと思っていたら、彼女に廊下で予想以上の大きな声で呼びとめられて、連絡先を聞かれた。


「わかった」

「じゃあバーコード、出してもらっていい?」


 アプリを開いて、長いこと見ていなかったアプリの友達の欄を開ける。

 考えてみれば、連絡先を交換することは僕にとって久しぶりだった。スマートフォンに変えてから、もしかしたら初めてなような気もする。

 そもそも、どうやってバーコードなるものを出すのかわからなかった僕は、彼女にスマートフォンを差し出した。


「やりかたわかんない」

「わかった、オッケー。私がやるね! ……うわっ、友達すっくな!」


 彼女は僕のスマートフォンの画面を見るや否や、悪びれもせずにそう言った。

 登録してるのは、母と心、そしていくつかの公式アカウントと、電話番号を知っていただけで勝手に登録されてしまった、まったく連絡しない中学時代の友達のみ。

 確かに数は少ないけれど、僕は昔も今も困ってはいないし、これからも困ることはないだろう。だから、彼女にそう言われても何も思わなかった。普通の人の率直な感想だろう。




「ハイ。でーきたっ!」


 彼女がそう言って僕に手渡したスマートフォンの画面には、菊本ことは、という名前が新しくできた友達、というところの欄に表示されていた。

 プロフィールの写真は、犬と彼女のツーショットだった。


「これで私達も友達だね!」


 得意げにいう彼女に、僕はたまらなくなって毒を吐く。


「君の言う友達は、ずいぶんと敷居が低いみたいだね」

「そんなことないよ~!」


 友達など、僕には必要ない。


「世界の実際に会ったこともない人でも君と連絡先を交換すれば友達になれるみたいだ」

「もう、愛くんってひねくれてるんだから」


 彼女は僕の毒にやられることなく、そう言って笑っていた。




***




 “映画に行きませんか。コレ”


 数日経って彼女から送られてきた初めてのメッセージはこの一文だった。

 下にURLが付いていて、その映画は僕も興味がそそられていたものだった。もともと原作の小説が大好きで、何度も読み返してきたファンタジー小説。純粋に、この小説が映像化したらどうなるのか、興味があった。


 でも、僕はなにより映画のチケットを買う、ということが苦手だった。というか、人と話すことが基本的に苦手な僕にとって、見知らぬ人とコミュニケーションを取ることはかなり難易度が高い。きっとチケットを売る人に不審と好奇が入り混じったような目線で見られるのだと思うと、DVDが出てからでもいいか、という気に毎回なってしまう。

 だから映画館から足が遠のいていたのだけれど……彼女がチケットを買ってくれるならばいいかもしれない、とその時の僕は安易に考えていた。その日は少し舞い上がっていたのだ。少し前に受けた実力テストの結果が今日返却されて、国語が苦手な僕にしては点数が良かったから。


 そして、僕はうっかり彼女の提案を快諾してしまう。

 彼女は1分と経たずに、場所と時間を指定してきた。

 何も用がなかった僕は、“了解”とだけ返事を返して、中断していた復習を再開した。




***



 異常なほどに上機嫌な彼女は、会うなり僕に「遅れてごめんね、待った?」と尋ねてきた。そもそも、僕が待ったのは待ち合わせの15分前に着いてしまったからだ。加えて彼女は待ち合わせ5分前に来たので遅れてはいない。

 カップルの常套句のような発言をする彼女に呆れて僕は何も言わずにため息をついた。


「ちょっとー! そこは今来たところ、でしょう! おまけに今日の服も可愛いねーとか褒めてくれてもいいんだよー?」

「君の私服、見るのは初めてだよ」


 その場合今日の服“も”ではないだろう。


「もー、愛くんってばノリ悪いんだから。ま、いっか。行こ行こ!」


 彼女はそう言うと、元気よく映画館の方向へと歩みを進めた。

 僕はもう、彼女と出かけるという選択をしたことに後悔を覚え始めていた。彼女となるべく関わらないと決めたのは僕なのに、あの時の僕はなぜオーケーを出してしまったのだろう。

 連絡先をうっかり交換したのは間違いだった。彼女が言っていた連絡網は、いつまで経っても来ない。

 今となっては、もしかして僕と連絡先を交換するための嘘だったのかもしれない、とも思う。けれど、なぜ彼女がそこまでして僕と連絡先を交換したがるのか、その理由がまったくわからないから、僕は彼女が嘘をついている可能性は低いと踏んでいる。今のところは。


「この映画見たかったの! ほら、愛くんこの小説読んでたでしょ? 私も読んでてさ。一応映画バージョンも見てみたかったんだよね~!」


 万が一彼女に僕が騙されていたとしても、軽率なあの時の僕を許す理由にはならない。


「君の薄っぺらいネットの友達を誘えばよかったのにどうして僕?」


 気になっていたことを尋ねると、彼女は空を見ながら少し考えて言った。


「友達は吹き替えがいいって言っててさー。私は字幕派なんだよねー。それに愛くんと見た方が、話が合って面白そうだったから」


 皮肉を織り交ぜた疑問にも、彼女は嫌な顔一つせずに僕に答える。怒って「もう帰る!」と言い出すかと少し期待していたけれど、そんなつもりは一切ないようだった。鈍感な彼女に、少しイライラさせられる。


「そっか」


 だからそっけなく返してみたけれど、いつも同じような態度だからか彼女はそんな僕の態度の変化に気づきやしなかった。




***




 映画館に着いて、さっそく液晶モニターで見たかった回の空席情報をチェックする。すると、三角のマークが描かれていた。


「あれ、字幕版混んでるのかな?」


 どうやら、僕らが想像していたよりも人気があるようだ。

 僕たちは、並んでいる人たちの列に加わって、順番を待った。


「いらっしゃいませ」

「キースと魔法の旅を高校生二枚」

「かしこまりました。次の字幕の回でよろしいでしょうか?」


 後ろに人が待っているからだろうか、やたらと早口で話すカウンターの店員。そんな店員を、彼女は困ったように見つめている。

 僕が頷くと、彼女が遅れて「ハイ……」と返した。


「今こちらの回、とても混雑しておりまして……」


 そういって座席票でおすすめしてもらったのは、前の方の席だった。


「そこより後ろは空いてないんですか?」

「そこが一番後ろのお席です、今のところ」


 僕は、思わず彼女に言った。


「次の吹き替えでもいいんじゃない?」

「ううん。ダメ。これがいい」

「僕は前で首が疲れるくらいだったら妥協できるけど」

「ダメなの!」


 彼女にしては珍しく、声を荒げて言ったから、僕はあっけにとられて、「字幕で見たいんだったらそれでいい」と折れた。

 彼女の機嫌が悪くなるくらい彼女は字幕の映画が好きだったのか、と思って僕は新たな彼女の一面にただただ驚いていた。




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