2-2 世界の例外




 彼女きくもとの顔を見て、ウソだろと驚いている僕を彼女はさぞ愉しそうに笑う。



「私はなんとなくわかってたよ。だって朝会の時とか近くにいたし」



 周りなんてあまり気にしたことがないので、彼女が近くにいたことなんて当然気づいていなかった僕は、彼女の得意げな表情を見て少しだけ苛立った。

 彼女の身長は大して大きくない。男子の中では身長の低い僕ですら、彼女と並ぶと自尊心が保たれるくらいだ。



「じゃあダンスの練習しまーす」


 前に立つ先輩がそう言うと、ペアで雑談していたみんなはぴたっとお喋りをやめて、先輩の方に視線を向けた。


「まずは……」


 先輩がゆっくりと振付を披露するのをぼうっと見て、真似をする。ただただその繰り返しをして、たまに僕たちだけで踊る。


 絶対に周りから見たら僕は不格好だと思う。ムクムクと芽生え始めた変なプライドが、僕の身体をますます縮こまらせる。なるべく目立たないように、視界に入らないようにと。

 ついこの間まで、人の目線なんか気にしなかったのに。これも、彼女のせいだ。彼女のせいで最近じろじろと見られることが多いし。


「んー! 難しいっ!」


 そう言っている彼女のダンスをこっそり盗み見ると、遥かに僕よりましなダンスを踊っていて、少しがっかりした。


「じゃあここからペアダンスでーす!」


 背の高い、いかにもイケイケバスケ部です、といった男の先輩が隣にいたキレッキレにダンスを踊っている、おそらくチアダンス部の先輩の手を取った。


「まずはこうして手を取ります。それで、女の子は振りほどく」


 周りの人たちが、そわそわしながらも真似をしてペア同士で向かいあう中、僕はゆっくりと彼女の方を向いた。すると、そこには微笑んでいる……というより、ニヤニヤしている彼女が僕の方を向いて立っている。


「……」

「どうしたの? ほら、手!」


 彼女がそう言って急かすので、僕はしょうがなく手を差し出す。

 すると、彼女はさらにニッと口角を上げた。

 想像していたよりも小さな彼女の手は、すぐに僕の手から逃げ出した。


「で、女の子はほっぺたを叩くふりをしまーす!」


 チア部の先輩はそう言いながら、バスケ部の先輩の頬を叩くふりをした。

 どうしてこんなことをしなきゃいけないんだ……、と思いつつも彼女と向かい合う。


「いくよ~」

「……!」


 彼女の手は、僕が考えていたよりも遥かに速いスピードで、僕の頬を目掛けて弧を描いて飛んできた。


 間一髪のところで、僕は殴られている方向に頭を動かした。



「ちっ……。外したか」

「なに残念がってるの」



 ――冗談じゃない。


 僕の反射神経がこれ以上悪かったら、きっと避けきれなかったに違いない。



「危ない」

「愛くんなら避けられると思ったんだよ! ほら、当たらなかったでしょう?」


 彼女はへへへ、と笑った。

 悪びれない彼女に、僕は小さくため息をついた。


「はい、じゃあ次は男の子。めげずに彼女とダンスをしたいとアピールします」


 僕はこんな手を出す彼女なんてこちらから願い下げだけれど……そうもいかないので先輩が躍った通りに真似をした。


「膝をついて手を差し出して~」


 さっきからダンスの域を超えているような指示ばかりだけれど、この学校の応援合戦はこんなものなのだ。去年を経験した僕は、そのことを知っていた。

 後から音楽にのせて歌詞も歌うのだけれど、それも大概酷い。


「わ、なんか照れるね」


 しぶしぶ片膝をついて彼女に手を差し出すと、彼女は嬉しそうに微笑んで手を僕の手に重ねた。

 こんな根暗な僕の手を取って喜ぶ女子なんて、この地球上に独りもいないと思っていたのだけれど、彼女は67億分の1の例外らしい。


「それで、ここから音楽が変わってダンスで~す! まず、男の子は立ち上がってください。あ、手は繋いだままね。そうそう。そうしたら、繋いでいる手を上に挙げて」


 相変わらずニコニコしている彼女の小さな手を握ると、彼女は先輩たちの真似をしてくるっと一回転した。

 そしてまた、わざわざ僕の方を見て得意げな顔をする。

 まるで、お手が上手くできた犬みたいだ、と思ったけれど、言ったらますます「可愛いでしょ?」なんて言いかねないので、彼女には言わないでおいた。



「次は二人でステップ! ちょっと難しいよ!」


 じっと見て、ステップを真似て足を動かしてみる。よくわからない動きに戸惑っていたら、彼女が僕に言った。



「そこ! 右足じゃなくて左足だよ! こんな感じ」



 彼女はもうすでにそのステップを自分のものにしているらしい。

 純粋に感心した。


「今、ちょっとはすごいって思ったでしょー!」

「……」


 確かに少しだけ彼女を見直そうとしていたけれど、彼女のその言葉で僕は考えを変えた。彼女は、もう少し謙虚に生きるべきだ。

 黙ってジトっとした目で彼女を見ていたら、彼女は不満そうに言った。


「なんで踊れるのって聞いてよー! もう聞いてくれないから言っちゃう! 私ね、小さい頃ダンス習ってたの。あと、バレエも!」


 黙って小刻みに小さく頷く僕に、ますます不満そうな顔になる彼女。


「なにか言ってくれてもいいじゃん、もー!」


 僕と会話することは面倒だと大半の人が思う中、彼女はまたもや例外のようだった。



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