診断レポート

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「というわけです」

「ほうほう、なかなかの逸材のようだね、その菊本きくもとさんは」



 滝本たきもと先生は僕と彼女きくもとが話すようになった経緯を聞いて、愉しそうに微笑んだ。



「何より学校で友達が出来たことが私は嬉しいよ」

「友達ではないです」


 僕は彼女のことを友達だとは認識していない。彼女はぼっちの僕にやたらと話しかけてくる、頭のおかしいクラスメイト、という存在にすぎない。


 それに彼女が僕にもたらしたものといえば、僕にとってマイナスになるようなものばかりだ。そんな存在を厄災と呼ばずに友達と呼べようか。


 僕の言葉を聞いて、先生は途端に真面目な顔になった。



「今はまだ友達じゃなくても、間違いなく君たちは仲良くなるよ。

「先生のパンツなんかいらないです」



 そんな中年オヤジの使用済みパンツなんて誰がいるか。金を払ったってもらいたくない。



「え!? これ、結構高いんだよ!? いらないの? 今時の若い子に人気のブランドのだよ?」


 しまいには着けていた黒い革のベルトを外し、ズボンを少しずらしてブランドのロゴを僕に見せつけてくるものだから、僕は思わず吹き出しそうになったけれど、頑張ってこらえた。


 確かにスポーツ選手が履いてそうな高そうなパンツだった。


 それにしても、こんな様子を看護師さんに見られたら誤解されてしまう気がする。本当に勘弁してほしい。



「そんな使用済みのパンツ、しかもおっさんのなんて欲しくないです」

「じゃあ女の子のだったら欲しいのかい? いとしくんよ」



 僕の言葉に、先生はニヤニヤと含み笑いをした。



「そういうわけではないです それと名前で呼ばないでください」

「いいじゃない。愛って僕はとてもいい名前だと思うよ」

「僕は好きじゃないんです」

「まあ、君が嫌でも私は呼ぶけれどね」


 彼女と同じような台詞を、滝本先生は言った。


 よくよく考えてみると、滝本先生と彼女は少しどこか似ているところがある。頭がちょっと狂っているところとか、僕に対して強引なところとか。



「あーあ、結構高値が付くと思ったんだけどなあ」


 そんなわけねえだろ、と思いながら、僕は滝本先生がベルトを締めなおす様子を見ていた。


「それにしても、君の弟くんも大分愛くんに依存しているみたいだね」


 滝本先生はそう言うけれど、僕はむしろ逆だと思う。毎日弁当を作ってもらって、弟の優しさに甘えて、弟に守ってもらって毎日を過ごしている。

 しんに依存しているのは僕だ。


「依存しているのはむしろ僕の方です」

「いや、話を聞く限りは君の弟の方が重症だね。彼のためにも、少しずつ離れなきゃいけないよ。でないと、本当に弟くんも君がいないと何もできなくなる」

「……わかりました」



 きっと僕がいなくたって心はすべてのことを独りで出来るだろう。それも難なくこなすに決まっている。


 そう思うからこそ、僕はなぜ先生がそんなことを言うのか、理解が出来なかった。



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