1-5 委員会




 週末をのんびりと過ごし、また月曜日が来た。月曜日の学校は、いつもどこか気怠いような雰囲気が生徒にも先生にも漂っていて、なんなら月曜日も休みにしてくれと思ってしまう。まあそうしたら火曜日が月曜日にとって代わるだけだろうが。


 僕はあの後借りた小説を数時間で読み上げ、週末に読み込むためにもう一周した。僕は一回目に読むときは理解できなくてもささっと読んでしまう癖があるから、面白いと思った物語は必ず数回読むのだ。

 この本はあまり女性受けしないようなバトルもののファンタジー小説なのかと思っていたけれど、読んでみたら恋愛要素も組み込まれていて、確かに大衆受けして話題になりそうな内容だな、というのが僕の率直な感想だった。



 教室に入って困ったのは、どうやってこの本を彼女きくもとに返すか、ということだった。彼女の周りには大抵女子たちが群れを成している。そんな中に突撃できるほど僕の防御力は残念ながら高くない。



 彼女が一人になる時を見つけて渡すしかないか――。

 と、思ってタイミングを見計らっていたら、あっという間に放課後になってしまった。


 彼女を一日観察して分かったことは、やはり彼女はスクールカーストで極めて頂点に近い位置にいるらしいということだった。男女を問わず彼女の周りにはいつも人がいて、にぎやかに話している。


 仕方ないから、今日は渡すのを諦めることにしたが、この調子だとずっと返すことができないかもしれない。

 まあ、少し様子を見ようと思う。もしかしたら彼女の方から僕に話しかけにくるという可能性も億が一ほど存在しているわけだし。






***





 結局次の日も渡すことができずにいた僕は、どうしようかとため息をついていた水曜日の朝の会で、平田先生から思いがけないチャンスを言い渡された。


「今日の委員会は、図書委員会は先生がいないから休み。体育委員会は体育館集合」



 ――忘れていたけれど、そう言えば今日は委員会がある日だ。



 僕の学校では一か月に一度委員会を行う日があった。とは言ってもすべての委員会が活動するわけではない。特に僕の学校は文化祭が九月の頭にあるので、文化祭実行委員は六月辺りまでは本格的に活動しないというのを誰かが話していた気がする。

 何はともあれ、これで僕が彼女に本を返す機会が得られたということだ。委員会に行くのは嫌だけれど。


 そんなことを思いながら彼女の後姿を見ていたら、彼女は僕の方を振り向いてにっと口角を上げて微笑んだ。

 一瞬誰に向けた微笑みなのかわからなくて後ろを向いたら、自分が一番後ろの席だということを思いだして一人で恥ずかしくなった。そんな僕の様子を見て彼女は可笑しそうにまた笑った。









「和田くん、一緒に委員会行こう!」


 授業が終わると、彼女は僕のところまでわざわざ来てそう言った。


「いいよ」


 一人で行こうと思っていたけれど断る理由がないので、僕はそのまま彼女と文化祭実行委員会が行われる教室まで並んで歩いた。


「前回委員会あった時、係を決めたの。私たちは監査と見回り。教室のデコレーションに違反がないかを準備期間に各教室を回ってチェックしたり、当日に見回りをする係ね」

「そう」


 もう決まっているのか、と思いつつ、完全に裏方の仕事でほっとした。もしこれが目立つような役割だったら、きっと僕は学校に来ることが憂鬱で仕方なくなっていただろう。もしかしたらついに登校拒否になっていたかもしれない。




 教室に着くと、僕のクラスの帰りの会が早めに終わったからか、教室にはぱらぱらとしか人が集まっていなかった。


「多分席、ここらへんだと思う」


 彼女は前回の記憶をひっぱりだしつつ、席を思い出している。そして、彼女が座った席の隣に僕も座った。


「これ」


 最近の最大の目的だった本を返却することを達成しなくては、と思い、早速鞄から借りた文庫本を彼女に渡した。


「あ! どうだった?」

「思ってたよりおもしろかった」

「だよね! この作家さんの本、私大好きなんだー。でも最後はちょっと残念だったけど。やっぱり二人には結ばれて欲しかったなというか……」


最後のシーンで、敵に主人公の恋人が殺されてしまうシーンがあった。彼女は結ばれて欲しいと言うけれど、僕の考えは違う。


「いや、彼らが結ばれないからこそこの話は成り立つんだ」

「そうだけど、希望としてね、やっぱりハッピーエンドがよかったなって」

「人生そんなにうまくはいかない」


 世界も平和になって、主人公と恋人は結ばれる。そんなのはおとぎ話の中の出来事であって、実際は何かを成し遂げるにはたくさんの犠牲が必要だ。


「……まあ、それには同感かな」



 てっきり「そんな考えなんておかしい」と言われると予想していた僕は、彼女の声のトーンに違和感を覚えて彼女の表情を見た。


 でも、僕が見たときには、彼女はさっきの声音とはかけ離れた笑顔でいつも通り笑っていた。






***




「それでは委員会を始めます」



 三年生の委員長らしき男の人と、書記の人が前に立ち、委員会が始まった。担当の先生は横で座りながら二人の働きぶりを眺めている。


 話を聞いている限り、文化祭の実行委員の仕事はさほど忙しくないようだった。特に僕たちの係は。問題はクラスの出し物の方だ。食品を販売するのか、お化け屋敷などのアトラクションをするのか、それとも演劇などの出し物をするのか。どれを選んでも、まとめる僕たちは大変な思いをするに違いない。


 僕は文化祭についての諸連絡をメモしつつ、隣の彼女の様子が気になって盗み見た。彼女は文化祭実行委員長の話す様子を食い入るように見つめ、熱心に聴いているようだった。


 こんなに頑張って聴いているなら僕はメモしなくてもいいかもしれないと思ったりもしたけれど、彼女はあまりメモを取っていない様子だったので、僕は予め配布されたプリントに随時書き込んだ。


 それに、一応仕事を引き受けたからには、きちんとやらなければいけないというのが僕の考え方だ。何にも仕事をしない無責任なヤツとは一緒にされたくない。



「え~スケジュールですが……」



 先生が話し始めたタイミングで、教室の前のドアが開いた。




「あ、すいません。遅れました」




 教室に入って来たのは――しんだった。





 ……なんでお前がここにいるんだ。


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