1-3 唐突な推薦
「これ、ありがとう!」
次の日の朝、
相変わらず、周りのクラスメイトは僕らのことをわかりやすいほど変な目で見ている。
「
彼女の言葉を聞いて、貸したことを少し後悔する。僕は誰かにノートを貸すために勉強しているわけではないし、貸すためにノートをきれいに整理して書いているわけでもない。僕はただ僕のためにノートを取っているのだから。
このノートはただ僕のために存在するのだ。そんなノートをやすやすと他人に貸すのはあまり好まない。
「あ、これ」
僕の返事を待たずに、彼女はごそごそと鞄から手のひらサイズの小さな箱を取り出して僕の机の上に置いた。それは茶色い箱のキャラメルだった。
「ちょっとしたお礼」
僕は甘いものは嫌いじゃない。好き好んでカフェやレストランに食べに行くわけではないけれど、あれば食べる。僕にとって甘いものはその程度のものだ。
でも、彼女がくれるというので、受け取っておくことにする。
「あと、これ。ちょうど持ってたからよかったら」
次に彼女が差し出して来たのは最近話題の文庫本だった。ずっと読みたいと思っていたけれど、図書室の本はずっと貸し出し状態で、予約もかなりの数。本はなるべく読んでそばに置いておきたいと思ったものを買う派だから、僕の番が来るのをまだかまだかと待っていた。だから思わず彼女の顔を見ると、彼女はふふんとしてやった顔を僕に向けた。
「ふふふ。私って心が読めるのって思ってるでしょ」
「うん」
そんな風には思っていなかったけれど、反応するのが面倒だったのでそのまま流すと、満足そうに彼女は笑った。
「ノートに書いてあったから」
え、と思って自分のノートをぱらぱらとめくってみると、とあるページにこの小説のタイトルがメモしてあった。そういえば、テレビをつけっぱなしにして勉強していたときに、この小説の特集がとりあげられていて、このノートに思わずタイトルをメモしてそのままにしていたのだった。
「ありがとう」
ずっと読みたかったので、彼女からありがたく借りることに決めた僕がお礼を言うと、彼女は僕に嬉しそうに微笑みを向けた。なんで僕がお礼を言っただけでこんな表情をするのか、到底理解が出来なかった。
別に彼女となれ合うつもりはないけれど、この本は気になっていたから借りる。ただ、それだけだ。深い意味は特にない。
*******
一日が過ぎ、帰りのホームルームで先生がいきなり一人の生徒の名前を言った。
「
クラスから、ざわざわと声が上がる。確か彼はスポーツ系の部活で、クラスの中心グループの一人だ。ボスというわけではないけれど、いつもボス的なヤツとつるんでクラスでわいわいやっている。
どうやら、クラスメイトでも転校を聞いていたのは少なかったらしく、「嘘でしょ?」「いきなりすぎ」と言った声が聞こえて来た。
「親の仕事の都合で、アメリカに行くことになりまして……」
「アメリカ!?」
予想外に遠い場所に、クラスの何人かがそう叫んだ。
海外か……大変なんだろうな、と他人事に思いつつ、僕は窓の外へ視線を移した。
「そこで、ちょっと一つ問題なんだが……、文化祭実行委員の男子の枠が空いてしまってな。女子は誰だったっけ?」
「あ、私です!」
先生の言葉を右から左に流しつつ、ぽつりぽつりと部活へ向かっている生徒を眺める。サッカーのユニフォームやラガーシャツ、カラフルの運動着を着ている生徒たち。
「あ、和田くんとかどうですか? 暇そうだし!」
ぼうっとそんな校庭の風景を見ていた中、いきなり自分の名前が呼ばれて驚いて声の主の方を見る。
――
「和田か……」
先生は何か考え込んでいる。
僕は確かに委員会になんて入っていなかった。面倒だからだ。だからといって、文化祭実行委員なんてやる気もしないし、忙しそうだし、何より人前に立つのは苦手だし嫌だ。なぜわざわざ避けてきたことをやらされなければいけないのか。
というか、転校するって話はきっと新学期にもう出ていたのだろうし、委員会を決めるときにそこらへんを考慮しろよ……。
「和田くん、一緒にやろうよ!」
彼女が不意に立ち上がって僕の席のそばまでやってきた。
「でも僕は」
「やろう」
僕が想像していた以上にまっすぐで強い意志が感じられる瞳。僕がやらないと言っても聞かなそうなくらいに。
「和田、どうだ? やってみないか?」
先生も、僕にそんなダメ押しの一言を投げかけた。
周りの目が僕に突き刺さる。「なんでゴネているの?」「先生もあの子もああ言ってるんだから引き受ければいいのに」と言った声が聞こえてきた気がする。
結局、僕は周りの視線と彼女と先生の熱意によって、最終的に首を縦に振ってしまった。
「やった、決まり!」
「よし、ありがとな、和田」
首を振った後一秒と経たずに後悔した。やっぱりできないと言おうと思ったけれど、彼女のるんるんとした後姿に声が掛けられなくて、僕は諦めて大きくため息をついた。
帰りの会が終わって、大半が引っ越しをするヤツの周りにわいわいと集まっている中、彼女は僕のそばにひとりだけやって来た。
「さっきはごめんね、無理やりやらせたみたいになっちゃって」
そんな風に思っていたのなら、僕のことなんか放っておいてくれればよかったのに。そう言いかけたけれどぐっと飲み込んだ。
「嫌だった、って顔してる」
どうやらそれでも顔に出てしまっていたらしい。
「部活も入ってないし、委員会も入ってなさそうだしいいかなって思ったんだけど……」
部活も委員会も入っていないのは、人と関わるのが嫌だからだ。面倒だからわざと自分で距離を作っているというのに、彼女はずりずりと引っ張って、自分のいるところまで僕を連れてきたのだ。余計なお世話だ。
「僕はまとめられないし、喋るのが苦手だ 見てわかるように」
「わかった。人前で喋るのが恥ずかしいなら、私が君の声になってあげる。だから君は……」
少し考えた後に、彼女は言った。
「私の耳になって?」
「今思いつかなくて適当に言っただろ」
「そ、そんなことないよ?」
彼女の表情を見るに、どうやら図星のようだった。
「と、とにかく! 二人で頑張ろうね!」
一層大きな声を出して、彼女は僕の手を握ってぶんぶんと振った。
こうして僕は、彼女と一緒に文化祭実行委員をすることになった。
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