第一章 文化祭実行委員任命編

1-1 弟の寵愛





「待って、いとしくん! 俺も途中まで一緒に行く」


 彼女、菊本ことはといきつけの大学病院で出遭った次の日、学校へ向かおうと住んでいるマンションを出ようとしたら、弟のしんが僕の後を追って玄関から飛び出して来た。

 僕の弟・しんは学年が一つ下、つまりは今高校一年生で、僕と同じ近くの高校へ通っている。

 僕たちが通う高校は、巷では結構有名な進学校だ。僕が住んでいる県の偏差値が高い高校はなぜか男女別学の学校が多いから、男女共学校の中ではトップクラスとも言ってもいいかもしれない。男女別学の高校は比較的伝統が長い学校が多いけれど、僕の学校は年々地道に偏差値を上げてトップまでやっと上り詰めたタイプの学校である。だから、公立校にしては手厚く受験の面倒を見てくれるところが人気の秘訣だったりする。もれなく制服はダサい。



「あー本当にいとしくんの学校に受かって嬉しいな」



 少し大きめの学ランに袖を通しているしんの身長は、僕よりもう少し大きい。僕は身長がやっと170センチに到達したというのに、しんは高校一年の時点で僕より2,3センチは大きいだろう。言いたくはないが、去年から今年にかけて、2センチしか僕の身長は伸びていなかったから、そろそろ諦めろ、と宣告された気がしている。男子たるもの、たとえ根暗でも高身長に憧れるものだ。


 ちなみに、弟の中身も僕よりも優れている。人付き合いが上手く、友達も多い。サッカー部に入っていてスポーツもできるし、勉強も卒なく人並み以上にこなす。加えて、かっこいい部類にカテゴライズされる容姿を持っている。

 なぜ神様は僕にそれらの一つも与えてくれなかったのかと昔は恨めしく思いもしたが、今はこう生まれてしまってはしょうがないし、日陰で生きるのも悪くないと思うようになった。しんみたいに友達が多い人生も楽しいのかもしれないが、友達がいない人生も僕はアリだと思っている。



 そんな自分と正反対のじめっとしたネクラでもやしでがり勉な兄のことをどう思っているかと昔尋ねてみたら、弟は僕を尊敬していると言った。まさか尊敬しているとたった一つしか年が違わない弟に言われるなんて想像もしていなかったから、その一言を聞いたときに驚いてしまった。なぜこんなにも盲目的に僕に懐いているのか、ただただ不思議である。

 きっと僕の弟は性格も完璧なのだ。友達がたくさんいてスポーツも勉強もできる兄思いなイケメンの弟。こんなに完璧な弟はこの世に心以外に存在するのだろうか。

 僕は別に他人にはあまり興味がないが、僕のことを好いてくれる弟のことはもちろん嫌いではない。僕が唯一まともにコミュニケーションを取れるのはなんたって家族だけなのだから。



「こうやっていとしくんと一緒に学校に行けるし」


 こんな風に僕に対してたまに妄信的な恋する乙女みたいな台詞をさらっと吐いたりする時はどうかと思うが、それを除けば完璧な弟である。

 最近では目立つ容姿のせいか、女の子から連絡先をちょくちょく聞かれると話していた。でも、本人は恋愛などさらさらする気がないらしく、連絡先を渡しても友達以上に発展することはないらしい。罪な男だ。

 そして、なおさらこんな僕と一緒に登校することで弟の株が落ちてしまわないか心配なところでもある。全く本人は気にしていない様子ではあるが。



「僕はここから一人で行く 友達に見られたら嫌だろ?」



 そんなことを弟に向けて言ってみると、しんは勢いよく僕の方を鬼のような形相で見てきた。どうやら、僕の一言は弟にとって気に食わないものだったらしい。


「なに言ってるの? 俺がいとしくんと一緒に行きたいから行くんだよ。それでもしなんかいとしくんに文句言ってきたヤツがいたら、俺がいとしくんを守るから」


 ……どうしてこんな風に育ってしまったのか。


 僕のことを慕ってくれるのはとてもありがたい。こんなにも僕を好いてくれるのはしんくらいだ。だけど、高校の通学路でまるで僕の恋人のような発言を大声でされたら、周りにいる人たちが振り向くことくらい考えてほしい。

 しかも、数名の女子はわくわくした目で僕らのことを見つめている。それを考えると、今晩の彼女たちのオカズが“兄と弟の恋愛劇~禁断の兄弟愛イケナイボーイズラブ~”、みたいになっていそうで考えただけでも虫唾が走る。

 これまでにもさんざん変わっていると噂が流れたというのに、またそれにプラスするようなことを僕は避けたいのだ。目立たないように日陰で生きている僕が、しんの邪魔をするわけにはいかない。なによりその噂はさすがに僕にも堪える。



「今まで助けてもらった分、俺はいとしくんを支えたいんだ」

「わかった」



 もう黙ってくれ、と思いながら、そう言ったらまた何か誤解されかねないことを大声で叫ばれそうだったので、僕は大人しくただため息をついた。



「わかってくれたなら俺はいいよ」



 弟は所謂いわゆる過保護なのである。その過保護ぶりは中学二年あたりから始まった。僕がとある事件でケガをしてからというものの、心は僕にやたらと執着してくるようになった。

 少しでも熱を出せば僕のそばで心配そうな顔で看病してくれたし、誰かが僕の悪口を言っていたらそいつに制裁を与えていた(具体的には記述は控えておく)。

 最近では身体の線が細いからと、僕の身体に合った筋トレのメニューを持ってくる始末で、それをスポーツはしたくないと断ったらじゃあこれならいいでしょ、と言って学校に持っていくための弁当を心が作るようになった。

 しんは僕が健康的な身体になるようにと、献立を日々研究しているらしく、カロリーも栄養バランスも考えつくした弁当を学校がある日は毎朝作ってくれている。母さんは働いているから心が弁当を作ってくれるのは助かると言っていたが、僕からしてみたらその執着ぶりが少し怖くもある。

 だけど、しんが僕のためにいろいろな勉強をして頑張ってくれているのを知っているし、作る弁当は日に日に上手くなるし、味にも文句がないので僕はありがたく頂戴している。



 ……一応言っておくけれど、僕もしんも男が好きなわけではない。恋愛対象は女の子ということを確認済みだ。ただ、僕の弟は兄である僕に対しての愛情が少し、いやかなり過剰なのだ。




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