第6話 2通目の手紙



拝啓 



 急なお手紙、お許しください。


 この度のご結婚、心より祝福しています。正直、貴方があんまりにも、彼にベタぼれで、あからさまだったので、嗚呼、やっとか。といった心境です。


 ようやく、肩の荷が降りた気がします。



 

 貴方に手紙を書くのはこれで2通目ですが、(貴方はきっと、そんなものもらった覚えがないと言うでしょうけど、確かに、書きました。といっても、1通目の手紙を貴方に見せるつもりはありません。墓まで持っていきます。)どうにも、くすぐったいような、……悲しいような、不思議な感じがします。


 

 もしかしたら、貴方は何がなんでも1通目の手紙を読もうとするかもしれません。昔から、好奇心旺盛でしたので。


 しかし残念ながら、貴方には絶対に読ませません。何故なら、その手紙は私が持っていて、私はきっともう二度と貴方に会うことはないからです。


 どこか海沿いの街に行こうと思います。


 貴方が、新しい路を進むのに、感化されたとでも言っておきましょう。







 

 さて、これを期に、貴方の優しさに甘えていたことをどうか、謝らせてください。

 

 中学生の頃、それまではずっと仲良くしていたのに、急に悪態をつき始めた私を、変に思ったことでしょう。


 反抗期だと思ったのか、どんなに暴言を吐いても、話しかけてくれた、心配してくれた貴方の優しさに何度救われたかわかりません。


 どうしようもなく辛いとき、何度貴方に背中を撫でてもらったことでしょう。



 そんな、親愛を惜しみなくくれる貴方にどれ程ひどいことをしてきたか。許されるのなら、いや、許さなくていいので、どうか謝られてください。


 謝罪の言葉すら、面と向かって言えないダメな妹で、本当にごめんなさい。




 でもどうか貴方を嫌っての行為ではないと、わかってほしいのです。素直に、姉である貴方を慕えなかったことが苦しくて、



 ……嫌いなら、とっくに私は貴方から離れているでしょう。生まれてから今までずっと隣にいたのだから、嫌いなはずがありません。 


 これからの貴方の隣にいるのは貴方の旦那さんだけど、確かに私というダメな妹が昔、いたのだということを、たまに思い出してくれればそれで十分です。





 大切な姉さん。


 今までごめんなさい。

 どうか、いつまでも幸せに。

 心から、祝福します。



             



                藤乃












◆◆◆







 「……できた。」


 淡い空色の便箋に綴られた言葉を読む。


 ぽつっ。


 一粒落ちてきた雫で最後の一文が滲んだ。


 某コーヒーショップのテラス席。手早く便箋を同色の封筒にしまう。


 鞄を頭の上に掲げて、横断歩道を走るサラリーマンを横目に、会計を済ませるために店内へと引き返した。



 明日は、双子の姉である空乃の結婚式だ。当然、妹の藤乃も出席する。


 相手はいつかのロミオではない。高校卒業後、別々の大学に進学した二人は、自然と別れた。


 あいにく、大学に進学しようが、同じ家にいる以上、藤乃の想いがあせることはなかったが。


 捨てることを諦めた想いはもはや恋心とも呼べない執着となっていた。


 明日、空乃は結婚する。

 

 その事実にぎゅっと胸が締め付けられる。

 空乃が高校時代の彼氏と別れても、大学で知り合った男性と付き合い始めても、受け流し、殺してきたはずの心が最期の抵抗とばかりに痛む。


 もう、痛みなど感じないと思っていたのに。




 

 「…………。明日までには、止んでほしいなぁ。」

 

 


 誰に言うでもなく、そっと呟いて、店をでる。鞄のなかには淡い空色の封筒と、藤色の封筒が対のように入っていた。






 

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デルフィニウム @Aonohana

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