第4話 花束を君に 上





 「藤乃姉ーさーん!」


 「……んっ、んー。」


 「こんな所で寝て、またサボりですかい?」


 「……太陽、か。お昼食べたら、なんか眠くなっちゃった。ここ、いいかんじに涼しいから。」


 「ははっ。なるほど!」


 「…………えっ。何?それだけ?」


 「うん!俺も、昼食べたら、元気になっちゃて、机座って授業とかムリ!!体育だったら、よかったのに。お隣いい?」


 「いいけど。元気余ってんなら、その辺走って来たら?ここに居ても暇だよ。」


 「ううん。藤乃姉さんのとこがいい!」


 「……あっそ。」


 「おー。ほんとに涼しい。気持ちいいね。」


 「……。うん。」


 「どうしたの?姉さん。なんか、元気ないね。」


 「……。あのさ、太陽は、……好きな人いる?」


 「おぉ!恋ばな!?藤乃姉さんと恋ばなすんのはじめてだね!」


 「恋ばなくらいするよー。花の女子高生だものー。」


 「ははっ。すっげぇ、棒読み。」


 「……いるの?いないの?」


 「いるよ!」


 「えっ。……まじか。知らなかった。」


 「恋ばなはじめてだからね。藤乃姉さんはまた、恋人と別れたんでしょ?」


 「……何、もうしってんの。」


 「この2ヶ月で入って三人目だよね。……姉さんは、誰でもいいの?」


 「好きになれるなら、誰でもいいよ。でも、なれないから、別れちゃうんだけどね。」


 「好きな人いないの?」


 「……。んー。どうかな。」


 「えー!俺は言ったのにー!」


 「どんな子なの?太陽の好きな人。」


 「えっ!ちょっと、それは、えー。」


 「……。」


 「………………隣に居たいと思う子だよ。何考えてるか、ちょっとよくわかんなくて、でも、いつか知れればいいなぁって思うよ。」


 「へー。」


 「えー!!藤乃姉さんが聞いたのに!何そのリアクション!」


 「ごめん。」


 「いやー!恥ずかしいッス!!せめて、もっとちゃんとリアクションしてほしかった!でも、なんで今日は恋バナなんすか?」


 「…………なんか、さ、あるところに馬鹿が居て、そいつが言うには、恋は素晴らしものなんだって。温かくて、優しい。でも、私は違うと思ったの。だから、太陽はどうなのかなって思った。……そんだけ。」








◆◆◆





 雲が薄く、空が高く。


 夏休みが明けると、だんだんと確実に秋の気配が色濃くなってきた。いよいよ、演劇部の公演日も近くなり、学校中がせわしない。


 職員室前の掲示板に、ポスターが貼ってあるのをみて、何故か私まで胸がどきどきした。開演時間と、劇場名をメモしていると


 「藤乃!!久し振り!!」


 後ろから抱きつかれる。大きい声とその行動に、周囲の人がこちらを見る。ああ、最悪だ。


 「紅太……先輩。」


 「なんで先輩つきなの?いつもみたく紅太って呼んでよ!」


 「いや、てか、まず離して。」


 厄介なやつに捕まった。こんなことなら、演劇部のポスターなんか見に来ずに、教室で大人しくしていればよかった。


 太陽の兄で、私たちより一つ上の従兄弟、紅太のことは、正直ニガテだ。まず、うるさいし、デリカシーがない。今だって、急に後ろから抱きついてきて、セクハラもいいところだ。


 「何見てたの?ん?演劇部のポスター?あー、はいはい。空乃が出るやつな。ジュリエット?だっけ?やたら、自慢しに来たわ。ぷっ。あん時のあいつの顔。ほんと、おもしろかったわ。」


 なにより、こいつは空乃と仲がいい。私の知らない空乃を知ってるのかと思うと、心臓がごわごわと熱く、にがく、なる。


 「見に行くの?そんなら一緒に行こうぜ!」


 「……。太陽と約束したから、ムリ。」


 「ちぇー。3人かー。せっかくデートできると思ったのになぁー。」


 「はぁ!?なんで紅太も行くことになってんの?」


 「べつに減るもんじゃねぇし、いいじゃん!じゃ、またなぁ。」


 やられた。一方的に約束を取り付けられてしまった。これだから、紅太は好きになれない。


 教室に戻って行く従兄弟の後ろ姿を睨み付ける。本人はまったく気にしてないが。ため息を一つ、廊下にこぼしてから、のろのろと自分のクラスに向かった。



 




 私が起きるよりはやく、朝練に行き、夕飯が終わってから帰ってくる空乃と、本当に久し振りに会話をした。その姿を見たのもなんだか久し振りな気がしてしまって、ちょっとドキドキしてしまった自分に、嫌悪する。


 「藤乃は劇、見に来てくれる?」


 「暇だったらね。」


 今まであんたの舞台を見逃したことなんかないよ。


 「時間と場所、これに書いてあるから、絶対来てよね!」


 「……うざっ。」


 15時から、駅前の文化会館で開幕。入場は30分前から。


 「……ロミオ役の人、かっこいいから。好きになっちゃダメよ?」


 「っ、は?」


 ちくっ。ちくっ。ちょっと待ってよ。何?それ?


 「……ふふっ。あたしの好きな人。はぁー。始めて人に言っちゃったぁ。」


 「……どこが好きなの?」


 夢があるの。空乃、あんたを好きになってからずっと。

 いつか、あんたが愛する人と結ばれて、呼ばれた結婚式で、「こんな姉ですが、よろしくお願いします。」って。

 妹として、あなたを祝福するの。

 でも……


 「えっ。どこって……全部だよ。」


 「全部って、その人の何をしってんの?家族構成は?今までの彼女は?何中?親友は誰?好きな曲は?服の好みは?成績は?進学どうするの?将来性あるの?」


 でも、それは、今じゃない。無理よ。だってこんなに苦しい。


 「ちょっと、待ってよ!」


 「なんで?好きなんでしょ?」


 「だからって全部知ってるわけないじゃん!それに、関係ないでしょう!」


 「関係ないって、全然知らない人を好きにならないでしょ?」


 「私が好きって思ったら、それでいいでしょ?っ!藤乃は本当に好きな人いたことないからわかんないのよ!」



 瞬間、頭が真っ赤になった。


 あんたが言うの?私に。それを。


 「好きな人くらい、いるわよ。」


 「嘘、告白されたらすぐに付き合って別れて。心配なのよ?」


 「嘘じゃ、ない。」


 「見栄はらなくていいよ。」


 「っ、あんたこそ、ないでしょ!苦しくて、どうしようもなくて、いっそ殺してしまったほうがいいと思うような、そんな恋。」


 「……苦しいこともあるかもだけど、結局、優しくて、甘いのが恋心ってもんでしょ?」



 はっ。それが恋だとして、じぁ、私のこれはいったい何?

 もう、恋ですらないなら、この執着はどうすればいいの?


 「はは。しね。馬鹿、空乃。」


 走った。とにかく、空乃のそばにいたくなかった。


 ああ、ほんと、ダメだな。私。


 

 舞台はもうすぐなのに。


 




 

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