As usual the day
あの藤原さんとの何とも言えない出会いから数日。学校は、夏休み直前の時期になっていた。授業なんかはほとんど終わって、補習の連絡とかテストの返却とか。クラスのみんなは夏休みの予定を立てたりなんかして、もう夏休みムード満点だった。
「夏休みどこ行くー?」とか、「宿題やべーよなぁ」とか、いろいろ聞こえてくる。
「かーえで! 夏休み何か予定あるー?」
課題も受け取って後は帰るだけだーと準備していた私に、後ろから抱き着きながら声をかけてくる女の子がいた。
肩口あたりで切りそろえた短めの髪に、大きな黒い瞳。かわいらしい顔立ちをしたその女の子は私の友達で、名前は
「バイトと……八月半ばにまた『Bedeutung』のライブがあるかなー。それ以外はお盆以外だったら特に予定ないよ」
「んじゃあそぼ! 補習とかないでしょ?」
「補習受けるような成績してませんー。補習なんて受けるようになっちゃったら『Bedeutung』のライブ行けなくなっちゃうじゃん」
帰りの準備も終えて、昇降口に向かいながらそんな会話をする。補習なんかで時間を取られてライブに行けなくなったら目も当てられない。
「相変わらず楓は『Bedeutung』の話ばっかだねー。そんなにいいの?」
「そりゃあもう! インディーズ時代からのファンだもん」
「そっかー。あ、遊ぶときどこ行く? やっぱ海とか?」
私が『Bedeutung』の話をしだすと止まらないのを知ってか、爽子が話題を夏休みの予定に切り替える。まぁ、私も『Bedeutung』の話は爽子には話しつくしているので、話題の変更に異論はない。それに、夏休みの予定は私も決めたいし。
「海いいねー! でも、女の子二人で海とか危なくない?」
「あー……じゃあ、和樹とか誘ってみる? 来るかどうかわかんないけど。来なかったらプールとかにしようか」
「そだね。和樹かー……あいつ家にいるかな?」
「もしかして海外だったりねー」
「ありうるから困るわー」
和樹とは、私の幼馴染で三つ年上の大学生だ。隣に住んでて昔はよく一緒に遊んだりしたけど、大学生になってなんだか研究とかレポートとか忙しいらしくて遊ぶ機会が減ってしまった。
それになんだか最近は海外で行われてる研究に興味があるとかで、大学の先生について行ってちょくちょく海外に行ったりしているらしい。これだから理系の研究オタクは……。将来は研究者にでもなるつもりか? なんて思わず悪態をついてしまう。
「ま、とりあえず後で連絡入れてみるね」
「お願いしますー。じゃあ、今日この後はどうする? お昼前に学校終わっちゃったし、どっか食べに行く?」
「じゃあ駅前のハンバーガーとか? 他に行きたいところあるならそこでもいいけど」
「んー……特にないからそこでいいよー」
「じゃ、決まりだね。れっつごー!」
「れっつごー!」
靴を履き替えて、自転車に跨って駅まで向かう。私も爽子も自転車通学だ。駅は家から自転車で一五分くらい。学校からは五分くらいだ。
「あー涼しい。何にする?」
「ハンバーガーとポテトとジンジャーエール」
ハンバーガーショップに入ってハンバーガーとポテトとジュースを注文する。ジンジャーエールのシュワーという強めの炭酸がお気に入りだ。
爽子と一緒にテーブル席へ。お昼前ということもあって簡単に席を確保することができた。これがお昼時とか夕飯時とかになるとそうもいかない。ラッキーだったな。
ジュースを一気に半分くらいまで飲んだ爽子が、ぷはーとおじさんみたいに息を吐きだした。
「やっぱ夏って言ったらカップルでどっか行くとかさー。そう思わない?」
「まあそうだねー。わかる気はする」
爽子がそんなことを言い出した。私はハンバーガーを食べながら適当に答える。爽子も私も彼氏はいない。夏はカップルで! なんて話をしても虚しくなるだけである。
「和樹とかさ、どう? なんかあったりしないの?」
何にもないってわかってるんだろうなーというのがわかるような聞き方だった。まあ、他に相手が思いつかなかったから出してきただけだろう。
「和樹はない。だって研究オタクだよ? 最近はちゃんと家に帰ってるかどうかすら怪しいし」
「ですよねー。あーあ、どっかに素敵な彼氏候補がいないかなー!」
ぐでーとテーブルに伏せながらぶーたれる爽子。それをはしたないと言って止めさせながら、そういえば、とこの間のことを思い出した。爽子に話していない。
「そういえばね、聞いてほしいことがあるんだけどさ。もうめっちゃびっくりする話なんだけど」
「なになに? 彼氏できちゃったとか?」
「そういう話じゃない」
それから私はこの間のライブの帰りに『Bedeutung』のギターボーカル藤原大洋さんと吉永祐輔さんに会った話をした。
藤原さんが酔っ払っていたとか、それを介抱したとか、吉永さんに送っていこうか? なんて言われたこととか。
それを話して聞かせたあとの爽子の反応は劇的だった。
「ちょ、なんでそんな話今までしてくれなかったの!?」
「ごめん、あんまりにも衝撃的な出来事過ぎて言うの忘れてた」
「えぇ!? それで、連絡先とか聞いたの!?」
「聞けるわけないじゃん! 相手は人気急上昇中のバンドメンバーだよ? 私みたいな小市民が連絡先聞くなんて……」
「教えてくれたかもしれないのに! 何やってんの!?」
そんな風に爽子が騒いでいると、突然隣に誰かが座ってきた。ここテーブル席なのに、なんで? ていうか誰? なんか爽子なんか目見開いて驚いてるし。
誰ですか、と声を上げようとしたところで逆に隣に座った人から声がかかった。なんだか、よく知っているような感情を乗せたような低く響く声。
「何を教えてくれたかもしれないって?」
驚いて、バッと振り向く。そこには、相変わらずTシャツとよれよれのジーンズに身を包んだ――
「ふ、ふじゅわら大洋さん!?」
「あ、また噛んだ」
く、死にたい――――!
「あ、あの! 初めまして! 私楓ちゃんの友達で新庄爽子って言います! よろしくお願いします!」
爽子が大げさなくらい慌てた様子で自己紹介する。爽子からしたらいきなり目の前に芸能人が現れたようなものだ。しかも私が散々言い聞かせて、ちょうどその人の話題で話していた時に。そりゃ、緊張もする。私は、爽子の比じゃないくらい緊張しているけど。
この間の酔っぱらいじゃない、素面の藤原さんがあろうことか私の横に座っているのだ。しかも、密着しそうなほど近くに!
「あ、あの……なんでここに?」
恐る恐る聞いてみる。この間は駅の近くの飲み屋で飲んでいたらしい。まあ、そういうこともあるだろう。でも、今日はなんでなの? なんでここにいるの? たまたま?
「俺この近くに住んでるんだよね。で、昼飯にハンバーガー食おうと思ってここに来たら、なんだかこの間見た顔があるなーと思って」
なんて言いながら、手に持っていたハンバーガーを見せてきた。へぇ、お昼ご飯を食べにここに……て、えぇ!?
「こ、この近くに住んでるんですか!?」
「そうだよー。あ、今日のチーズバーガーは美味い」
し、知らなかった。爽子が「あんた知らなかったの!?」みたいな顔で見てくるが、知らなかった。
で、でも……よく考えたらまだまだ人気が出る前に配ってたチケットを受け取ったのも駅の近くだったような……。そ、それならこの近くに住んでるっていうのも納得できる……のか?
「あ、あの!」
爽子が上ずった声で藤原さんに声をかけた。何を言い出すつもりだろうか。変なことを言わなければいいけど……。
「ん? なに?」
「この間、酔っ払った時に楓に介抱されたって本当ですか?」
「ちょ、爽子何聞いてんの!? ご、ごめんなさい! 気にしないでください!」
酔っ払って介抱されたんですか、とか聞いたら失礼でしょ!? ……失礼だよね? とにかく、あんまり突っ込まれたくない話題のはずだ。というか、この話爽子にしてもよかったのかな? 今更ながらにまずいかもなんて考えが。
だ、大丈夫かな……? 知らず知らずに冷汗が流れる。
けれど、そんな私の心配をよそに藤原さんは朗らかに爽子の質問に答えてくれた。
「あーそれ? 楓ちゃんこの子に話したんだ。まあ、ほんとのことだよー。俺が寝っ転がってたら見事に楓ちゃんに踏まれちゃってねぇ」
「あー! そういうことは言わなくていいんです!」
「えっ……楓、あんたこの人踏んだの……?」
「あれ? 俺を踏んだって話してなかったの? なんかごめんね」
ニヤニヤしながら謝ってくる藤原さんと引いたような顔の爽子。
ああ、もう! 恥ずかしい――!
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