聖夜のスプリンター Reasons to run on the Holy Night
RAY
第0話 特別な一日
「母ちゃん、何て言うかな?」
黄色の通学帽を
メイン通りを一本入るとアスファルト舗装された路面が昔ながらの石畳へと変わる。人の姿はほとんど見当たらないが、平日の午後二時という時間帯であることを考えれば、何らおかしなことではない。
不意に男の子の身体が前のめりになる。
石畳の凸凹に足を取られた彼は、野球のヘッドスライディングをするかのように勢いよく倒れ込んだ。
「……痛っ」
男の子は顔を
ただ、その顔は見る見る間に泣き顔へと変わっていった。
男の子の視線の先にあるのは、変わり果てた姿となった写真立て。転んだときの衝撃でフレームは
予想だにしない出来事に、男の子の頭の中は瞬時に悲しみで埋め尽くされる。見る影もない、自慢の作品を
「どうしたのかな?」
背中越しに穏やかな声が聞こえた。
男の子は服の袖で涙をグイッと
「写真立てが壊れちゃった……見せようと思ったのに……母ちゃんに」
男の子は口元を震わせながら喉の奥から言葉を絞り出す。
「怪我はないかな?」
腰をかがめて男の子の服についた砂を
「どうやら大切なもののようじゃな。困ったのぉ」
サンタは眉を
「三分間、待っていられるかな?」
サンタが優しい眼差しを向けると、その澄んだ瞳に魅了されるように男の子は小さく頷く。
「すぐ戻るからな」
男の子の頭を軽く撫でると、サンタはバラバラになった写真立てを手に路地の奥へと消えていった。
商店街はクリスマスセールの真っ只中。普通であれば、そのサンタを「商店街の関係者が仮装した者」だと考えただろう。しかし、男の子は彼を「本物のサンタ」だと思った。と言うより、サンタの存在を信じて疑わない彼には「偽物のサンタ」という概念はなかった。
クリスマスが間近に迫った頃、途方に暮れていた男の子の前にサンタが現れ、優しい言葉を掛けてくれた。自慢の写真立てが壊れてしまったことで抱いた、深い悲しみとは別に、高揚感と期待感が入り混じった、不思議な感覚が湧き上がっていた。
「待たせたな」
三分が経とうとした頃、男の子の背後からサンタの声がした。
「どうじゃ?」
目を皿のようにして眺めたが、それは男の子が作った写真立てそのもの。接着剤や絵の具で修復された跡もない。
「すごい! すごいや! サンタさん、どうもありがとう!」
男の子は満面の笑みを浮かべて、大きな声でサンタに礼を言った。写真立てが元通りになったことで、サンタからクリスマスプレゼントをもらった気分だった。
「礼には及ばんよ。ただ、気をつけるんじゃぞ。壊れた物は直せるが、怪我をした人はそうはいかんからな」
ウインクをするサンタに、男の子は神妙な顔つきで「はい」と答える。
「じゃあ、わしはそろそろ行くからな」
「待って。サンタさん」
「なんじゃ? まだ何か用があるのか?」
男の子はもじもじしながら上目遣いにサンタを見る。何か言いたげな表情がありありと浮かんでいる。
「一つ聞きたいことがあるんだけど……」
「わしで答えられることなら答えよう」
男の子の瞳がキラリと光ったように見えた。間髪を容れず、その口から興奮気味に言葉が発せられる。
「どうしたらサンタになれるの?」
サンタは視線を逸らして
「サンタには忘れてはならんものがある。それは『優しい気持ち』じゃ。クリスマスだけじゃない。どんなときでもじゃ。心から困っている人がいたら助ける。心から願っている人がいたら願いを叶える。いつもそんな気持ちを忘れないでいることが大切じゃ。お前がそんな生き方をしていれば、サンタの方から声をかけてくるかもしれんぞ。『サンタになる気はないか?』とな……そろそろ仕事に戻る時間じゃ。気をつけて帰るんじゃぞ」
サンタは秘密の会話でもするかのように小声で囁いた。それは、まるで魔法の呪文のように男の子の心に瞬時に染み渡った。
「では、またな」
サンタは後ろ手に小さく手を振ると、路地の奥へと消えていった。その姿が見えなくなるまで手を振り続けていた男の子の手にぐっと力が入る。
「優しい気持ちを持つ。困っている人を助ける。願いを叶える……俺、やってみる」
冬晴れの空を見上げながら、男の子は自分に言い聞かせるように言った。
その日は、彼――「
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます