サンサーラ 世界は「みえないかたち」で満ちている
「えっ?そんなこと聞かれても……」
僕は困惑しながら答えた。
愛理栖は、いつも通りの穏やかな笑顔で、静かに語り始めた。
「私は、バラバラになりそうなものをまとめる、いわばパズルのピースのような存在なのかなって思ってます。
パズルは、一つ一つのピースがバラバラだと完成しないでしょ?
でも、それぞれのピースが正しい場所に収まれば、美しい絵が完成する。
私は、そういう存在でありたいと思ってます」
「つまり、抗うってこと?」
僕はさらに尋ねた。
「そう、抗うこと。それは、ただ現状に不満を持つことじゃなくて、自分が生きてる意味を見つけることだと思います。
この世は絶えず変化してて、喜びと悲しみの中で何かを失い、また何かが生まれて、その中で、私は自分をしっかり持って、この世に何かを残したいと思っています。
だから私は諦めません」
愛理栖は、まるで哲学書を読んでいるかのように、静かに語り始めた。
「ひかるさんは、素粒子を知ってます?」
「え、もちろん知ってるよ。簡単に言うと、宇宙を構成する最小の単位のことだよね?」
と答えると、愛理栖は頷いた。
「そう。素粒子は、常に生まれ変わってて、
この世の全ては、その素粒子の集まりでできてるらしいんです。
だから、私たちも例外じゃない。今、この瞬間にも、私たちの体は新しい素粒子と入れ替わっているんです」
「つまり、僕たちが見ている世界は、幻想みたいなものってこと?」
僕は、愛理栖の言葉に少し戸惑いを感じた。
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えますね。この世は、私たちの価値観によって形作られている部分もあります。
だから、同じものを見ても、人それぞれ違うように見えます。それはまるで、パズルのピースが、人それぞれに違う角度から見えているようなものなんです」
愛理栖の瞳には、澄み切った水が湛えられていた。
「覚えてます?
あの日、私たち大喧嘩しましたね。
本当にごめんなさい、ひかるさん。
私は、ひかるさんを一人にしたくなかったんです。
でも本当は同時に、ひかるさんに甘えてばかりいる自分に嫌気がさしていたんです。
依存してるって、すごく怖いことだって気づいたんです」
愛理栖の声は、震えていた。
僕は愛理栖の手を握り、優しく微笑んだ。
「愛理栖、そんなこと言わなくても。僕だって、もっと優しくしてあげればよかったって後悔してる。あの頃は、自分の気持ちに素直になれなくて、君を傷つけちゃったね」
愛理栖は、僕の言葉に少し安心した様子で、うなずいた。
「ひかるさん。私、あの日のドライブのことは一生忘れないと思う。
突然の高熱が出て本当に辛かったけど、
ひかるさんがそばにいてくれたから頑張れたんです。あの時のひかるさん、本当に頼もしかったんですよ」
「僕もあの日のことはよく覚えてる。
あんなに慌てたのは初めてだったよ。
でも、君を助けたい一心だったんだ」
「私、ひかるさんが不器用だなんて思いません。大切なのは、心から相手を想えてるかだって思う」
愛理栖は、少し照れながら、そう言った。
「それに、もう一つ忘れられない思い出があるんです。
私が泣いた日、ひかるさん優しく抱きしめてくれましたよね。その温かさ今でも忘れられないんです。
でも同時に、私、ひかるさんに甘え過ぎてるんじゃないかってすごく不安だったんです」
僕は愛理栖を抱きしめ、彼女の耳元で囁いた。
「愛理栖、甘えるのは悪いことじゃない。
僕は、君がそばにいてくれるだけで幸せなんだ。でも、同時に、僕はもっと強くなりたいって思った。君を守れるように、そして、君と一緒に未来を切り開いていけるように」
愛理栖は、僕の言葉に顔を紅潮させた。
「ありがとう、ひかるさん。私、ひかるさんのこと絶対忘れない」
「愛理栖、僕も絶対に忘れない。
僕が君を抱きしめたあの日のこと。
君の温もり、少し湿った髪の香り、そして何より、君の心の震えを感じて、僕は本当に幸せだった。
どんな時でも君が笑っていてくれるように、僕は君を守りたいって心から思った。
でも同時に、この世の不公平さや、君を救えなかった自分自身の無力さに、激しい怒りと悲しみを感じた。
いつか君を失ってしまうかもしれないという恐怖に、僕は何度も打ちのめされた。
それでも、考え抜いた結果、僕は決めたんだ。
君と一緒にいたい。ずっと、ずっと。
だから、僕は研究を諦めない。
必ず、君に再び会える。そう絶対信じてる」
「ありがとう、ひかるさん。」
愛理栖の頬は紅潮し、瞳には光が溢れていた。まるで宝石のように輝いて見えた。
「この瞬間、夢みたい。」
僕は愛理栖の手をぎゅっと握りしめ、メリーゴーランドに乗っているように、ゆっくりと世界が回り始めるのを感じた。
君の笑顔、君の瞳、そして、君との時間。すべてが宝物だよ。
幸せな時間は、あっという間に過ぎていく。
「ひかるさん、そろそろお別れです。
感謝の気持ち、伝わりましたか?」
「愛理栖、ありがとう!
言葉じゃ言い表せないよ。」
僕は、愛理栖の姿が見えなくなるのが怖くて、何度も名前を呼んだ。
「ひかるさん、私のことを忘れないでね」
愛理栖の体が、光に包まれていく。
「絶対に忘れない!そして僕もこの運命に抗ってみせるよ愛理栖!!
必ず、絶対また会おうね」
「嬉しい……」
愛理栖の言葉は、だんだんと途絶えていった。
「愛理栖、僕は君のことが大好きだ。ずっと、ずっと。」
僕は、消えゆく愛理栖の姿を、両手で包み込むように見つめた。
「私も、ひかるさんのことが大好きです。
たくさんの思い出をありがとう。
私は、ひかるさんの心の中に、ずっとずっとずっと生きていきます」
「愛理栖、僕も君との楽しい思い出たくさんたくさん本当にありがとうな。
愛理栖!僕がまた君に出逢えたときには、
その時は僕と、僕達、結……、
!!?」
僕がそう言いかけた時には既に、
愛理栖の姿は、もうどこにも見えなくなっていた。
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